主人公視点
ピンポーン…
ようやくたどり着いた千歳の家。家主である千歳は留守のようである。千歳の奴、どこほっつき歩いてるんだろ。肉じゃがどうしよう。きっと持って帰ったらお母さんが激怒するだろう。ドアノブにかけて、メールしとこうと思ったけど、携帯を忘れたことに気が付いた。最悪だ。
「…まつか」
千歳の部屋の前に体育座りで座り込み、千歳が帰ってくるのを待つことにした。もうすっかり梅雨も明けたけど、どこかジメジメが残っていて暑苦しい。日本の夏は本当に過ごしにくい。
千歳、遅いなー…。
早く帰ってこないかな…
・
・
「…優奈!」
「…はい」
バっと顔を上げるとそこは真っ暗で、目の前には千歳らしき人が立っていた。…一瞬混乱したが、千歳の家の前で千歳を待ってたことを思い出した。
「なんばしよっと?こげん場所で」
「…お母さんにこれを持ってくように頼まれて…千歳がいなかったから部屋の前で待ってたら寝ちゃった」
「なんねこれ」
「肉じゃが」
「え!もらってもよかと!?」
「うん。お母さんから」
「うわーうれしかー」
予想外に喜んだ千歳。これだけ嬉しそうにされると持ってきた甲斐があるなあ
「留守にしとって悪かったばい」
「別に」
「優奈、汗かいとるばい。お茶でもだすたい」
「あ、いいよお構いなく」
「いいからいいから」
ぐいぐいと背中を押され千歳宅へ上がってしまった。
「…寮の中、こんななってたんだ」
「普通のアパートと変わらんばい」
部屋の中は、意外とふつうで。机と本棚とテレビ。ベッドの枕元にトトロのぬいぐるみがある。好きなのか?わたしもトトロは好きだ。部屋をきょろきょろ見まわしていると、冷たい麦茶が目の前に置かれた。
「ありがと」
「ん。どーぞ」
ズズ・・・うまい。やっぱり夏は麦茶だな
「今までどこ行ってたの?」
「将棋ばうちにいっとったとよ」
「将棋…渋いね」
「優奈こそ、今日なんかあったとや?」
「うん、小春ちゃんと買い物行ってた」
「買い物…」
「っていっても、服見たりしてただけだけど」
千歳から反応がなかったので、目を移してみると、ああ。またこの千歳だ。ぶそくってる顔。
「…またその顔してる…」
「…俺も買い物いきたか」
「行けばいいじゃん」
「……優奈といきたか」
なんで私と行きたがるかな…
「はあ…じゃあ今度行く?」
「えっ」
ぱあっと明るくなる千歳の顔。あれ、結構冗談で言ったつもりだったのに
「行く!絶対行く!」
「え…あの」
「全国大会ば終わったらいくばい!」
肉じゃがもらったときより喜んでいる千歳。ま、いっか。なんか千歳にもずいぶん慣れてしまった。最初に会ったときは私のオアシス(屋上)を荒らすよそ者で、イメージ最悪だったけど…。今じゃ大きな犬を見ているような気分である。
「そういえば…」
「なんね」
「千歳、わたしと初めて会った時のこと、覚えてる?」
千歳は、去年私とあったこと覚えてるかな。いや、忘れてるよね。私なんて記憶喪失かってくらい覚えてないんだから。
「覚えてるばい。去年の西日本大会」
「…え…」
「あの時四天宝寺のところにいたマネージャーさんが、優奈」
「…よく覚えてるね…」
「優奈は俺んこつ忘れてたばいね。4月に会ったとき、初対面のごた態度しとったばい」
「…あは…ごめん。でもよく私のことなんて覚えてたね」
「試合後にお礼のあいさつにきとったとよ。」
「そんなこともあったっけ」
「印象的やったし」
「え?」
「ああ、なんでもなか」
それから千歳と肉じゃがをつまみながら他愛のない話をし、家に帰った。やっぱり一度会ったことのある人に「はじめまして」はまずいな。今度跡部君にも謝っとこう。