主人公視点
「ありがとう」
「……ありがとう」
「ありがとう…」
合宿3日目の朝。私は自分に突きつけられた難題に困り果てていた。昨日の件で、跡部くんにお礼を言うというミッションをこなさなくてはいけないので、先程からお礼の練習をしている。が、久々に鏡で自分の顔を見たら、こんなにも無表情だったのかと驚きを隠せないのである。
「……ニコッ」
だめだ、目が死んでいる。
確かに人よりも喋らないし、笑わないから、表情筋が乏しいのは確かだ。だけどここまでうまく笑えないとは。こんな顔でお礼を言っても、喧嘩を売っているようにしか見えない気がする。
「先輩!朝練の片付け終わりましたよ!」
手鏡を覗き込みながら頭を抱えていると、片付けを済ませた桜乃ちゃんと朋香ちゃんが駆け寄ってきた。
うーん。この二人の笑顔はいいな。かわいいし、自然だし。
なのに私ときたら…。
「……先輩?」
「……なんでもない。」
じいっと2人の顔を見つめていたら不審に思われてしまった。とにかくお礼を言わ
なくては。
そのまま食堂へいくと相変わらず四天宝寺の集団は他校の倍の声で騒いでいた。朝から小春ちゃんと一氏がネタを披露している。元気だなあ。
「わはは、小春おもろー!」
「このネタええやろええやろ〜?ユウくんと一晩中一緒に考えたんやでえ」
「小春と俺の愛の結晶や!」
ゲラゲラ笑う謙也に白石くん、千歳は九州生まれだからかそこまでゲラゲラ笑う姿は見たことがない。小石川君も。石田君はいつも笑ってないようで実は笑っているのを知っている。
「……ねえ、白石…」
「お、桜井おつかれさん!ここ座りや。どないしたん?」
「……笑うってどうやるの?」
「「「…………」」」
あれ……白石固まってる。他のみんなもカチコチだ。私変なこと言ったかな……
「優奈ちゃん、それは考え方からちゃうで?」
「え……?」
「なんやねん桜井、俺が笑かしたろか?」
「うっさいねん一氏」
小春ちゃんの厳しい一言に撃沈する一氏君。
「桜井、笑顔ってのはほんまに心の底から嬉しいとか楽しいとか感じた時に、自然に出るもんや。意識的に笑うなんて、笑ってるなんて言えへんで」
白石のありがたいお言葉だ。…そうか、自然に…か。なんか難しいなあ。
「ばってん、優奈の笑顔ば見たかねえ」
「優奈ちゃんの笑顔…かわいいっ」
本当にどうしたもんか…。朝食をとりながらあれやこれやと考えながら1日のスケジュールを確認していると、今日のスケジュールが少ないことに気がついた。
「……午後解散……?」
「せやで、今日は午前練して俺らはもう大阪に帰るんや」
隣から白石のお言葉が聞こえた。え……てことは、はやく跡部くんにお礼を言わないとまずいんじゃ…ああどうしよう、本当に困った!