かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 05

『この世界』に落ちたのは本当に僥倖だった。飛びかかってくるモンスターをいなしながら、オフィーリアはしみじみと思う。
この世に数多ある世界の中にも、所謂『並行世界』と呼ばれるものや、文化のよく似た『兄弟世界』と呼んで差し支えの無いものがある。オフィーリアの生まれ育った世界とこの世界は、『並行世界』ほど同じではなかったが、『兄弟世界』と呼んでも差し支えが無いくらいには、微妙なところがよく似ていた。
たとえば通貨の単位(見た目は違ったが同じ『ギル』だった)、言葉、文字。あとは出現するモンスターの一部、大まかな魔法の種類。特に最後に関しては、オフィーリアにとってかなり重要な項目だ。とはいえ向こうもこちらも『本来の』魔法は人間に使用できるものではないらしいので、うっかり変な目を向けられないよう注意する必要はあるようだが。

「……かーえろっと」

最後の一匹を剣で薙ぎ払い、落ちた金やアイテムを拾いながら独りごちる。先ほどティファという少女に言い置いた『一時間』が既に迫っていた。此処はまだ山の中腹にも満たない。戻るなら更にあと一時間は少なくてもかかるところだが――幸いなるかな、ある条件さえ整っていれば、オフィーリアに物理的な距離は無いに等しい。
念のため人目に付かないようあの洋館の『屋根の上』に転移し、そこから地面に着地する。勿論そのまま降りたら脚が大変なことになるので、レビテト(浮遊魔法)の使用は欠かせない。

「ただい、わぷっ!」

扉を開けるなり、何か柔らかいものがそれなりな勢いで顔面にヒットした。ばふっっという間抜けな音がして、視界が一瞬真っ暗になる。顔に当たったそれは跳ね返って、丁度オフィーリアの手に落ちた。

「何がただいま、だ。ばか!」
「……おや天使君、お目覚めですか」
「天使じゃない!」

ブランケットを次に投げようとしたクラウドだったが、ひらひらとしたそれはちゃんと飛ばずそのまま落ちた。せめて丸めていればちゃんと飛んだかも知れないが、まあそんな入れ知恵はしないに限る。オフィーリアはけらけら笑いながら床に落ちたそれを拾った。

「何をそんなに怒ってるのさー。折角おねむだったから寝かせといたのに」
「何で起こさなかったんだよ……!」
「だーって気持ちよさそうだったし? 何か不都合あった?」

寒かったとか? と続けて尋ねるも、機嫌を酷く損ねたらしいクラウドが真っ赤な顔でこちらを睨んでくるばかりだ。血色が良いなと首を傾げると、椅子にちょこんと腰掛けているブルネットの少女が目に入る。
ああ成る程、とオフィーリアはようやく合点した。

「なーに、憧れのマドンナちゃんに寝顔見られちゃった?」
「なっっ……ば、ばか!!」

真っ赤を通り越して完熟トマトか茹で蛸みたいな顔色になった少年だが、怒っても照れてもオフィーリアには可愛いだけだ。ぽかぽか殴ってくるのを「痛い痛い」と好きにさせてやりつつ『マドンナちゃん』に再度目を向けると、彼女は此方をぽかんとした顔で見つめていた。

「どうかした?」
「う、ううん……」

ふるり、と首を振る様は明らかに『どうもしていない』ようには見えないが、言及は避ける。子供は日々子供なりに必死なのだ。
オフィーリアはようよう気が済んだらしいクラウドを椅子に座らせ、「ちょっと待っててね」と紅茶を煎れにかかった。

「ティファちゃん、だっけ?」
「え? あ、はい」
「紅茶は好き? ブランデーは入れる?」
「あ……えと、はい」
「そ。お砂糖とかはそこにあるから、好きなだけ入れて良いからね」

ブランデーを入れた紅茶を二人分、入れていないものを一人分。入れたものをクラウドとティファの前に出し、ぱちんと指を鳴らす。既にあった二つと同じデザインの椅子がぽん、と音を立てて現れ、オフィーリアは当たり前のようにそれを引き寄せて腰掛けた。

「スコーンも良かったらどうぞ。我ながら美味しく出来たんだよ」

冷めちゃったけどね、と勧めてみる。丁度小腹の空いてくる時間帯ということもあってか、ティファはさして抵抗も遠慮もせず、まだまだ沢山あるスコーンの一つに歯を立てた。

「……おいしいっ」
「でしょ? お菓子作りは自信あるんだよね」

ぱっと顔を輝かせるティファは、まるで花が綻んだみたいで可愛らしい。小さな口をもぐもぐと動かす彼女を、クラウドが何だか複雑そうに見つめている。

「どしたのクラウド君、まーた難しい顔して」
「うるさい」

にべもない答え。だが当然オフィーリアはめげない。むすっとしたクラウドの縦皺が入った眉間に、ぐりぐりと人差し指を当てる。

「何でも無いならに皺寄せないのー。美人が台無し!」
「や、やめ……!」
「やめませーん。美人は笑ってこそ素敵なの! ほら笑顔笑顔!」
「わ、ちょ、やめ、あはっ、あはは、やめろって、あははは!」

ぐりぐりついでに脇の下に手を入れて擽ってやる。脇腹や背筋など、皮膚の薄い所に指先を這わせれば、普段は顰めっ面か真顔かくらいのクラウド少年は目に涙を浮かべて笑い出す。笑うついでにじたばた暴れ出すので、オフィーリアは紅茶のカップを倒さないようしっかり抱え込んでしまう。性別の差はあっても、年齢と体格の差のおかげで今のところはオフィーリアが絶対に有利だった。

「あー、楽しかった!」

ひとしきり擽り倒して満足した後、ようやく小さな身体を解放してやる。すると、間を置かずにはーはーと肩で息をしながら、「俺は楽しくないっ!」と噛みついてくる少年。

「笑ってたのに?」
「アンタが笑わせたんだろ!」
「そりゃごもっとも」

真っ赤になった頬は怒り故かそれとも恥じらい故か。何にせよ真っ白い肌が面白いくらい赤くなるのは大変可愛らしくて楽しい。

(……おや?)

何となく視線を感じて顔を上げる。クラウドの向かいに座っていたティファが、ぱちくりと目を見開いてこちらを見ていた。何に驚いているのか分からないが、可愛いし面白いので「なーに?」と首を傾げて見せる。
言いにくいことを言おうとしているのか、もご、と口ごもる少女。スカートの短さを見ると結構快活な方だと思われたが、意外と口べたなのかどうなのか。

「パパが、貴方には近づくなって……他の人も、余所者だし、怪しいって……」
「そンっ」
「んー、まあそうだろうね。宿屋ならまだしもこんなトコ住んでるし」
「それに」

恐らく村の人間は、この小屋が本当に辛うじて『雨風をしのげる』程度のものでしかないことをよく知っているのだろう。たまに村の方まで来るオフィーリアが、痩せも衰えもせず普通に小綺麗な格好をしているのが解せないに違いない。

「もっと怖い人かと思ってた」

決まり悪そうに、小声で告げられた本音。オフィーリアは瞠目し、次いで大声で笑った。

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