かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 04

「ありゃま」

ブランデーを垂らした紅茶を持ってテーブルに戻る……までもなく、可愛らしい金色頭がテーブルに突っ伏しているのが見えた。足音を忍ばせ、息を殺してそっと近づけば、あどけない顔が横を向いて、自分の腕を枕にすうすうと寝息を立てている。それがあまりにも可愛らしくて、オフィーリアはくすりと笑った。

「天使君は寝顔も天使だ」

起きているときに言えば真っ先に噛みつかれるような感想を吐き(噛みつかれると分かっていても口に出すのは変わらないが)、煎れたばかりの紅茶をそっと自分のカップに流し込む。
少し冷めた液体を一口流し込むと、紅茶の慣れた味と一緒にブランデーの香りと味が流れ込んでくる。美味しくないわけではないが、単純に違和感が勝る。

「飲み続ければ慣れるかなー」

そんなことをぼやきながら手を伸ばした先は、子供の金髪。ツンツンと逆立っていてまるでチョコボみたいなのに、触れると酷く柔らかい。オフィーリアはそっと両目を細めた。

『天使が空から降ってきた!』

なんて我ながらアホみたいなことを思ったものだが、それくらいにこの子供は可愛かった。
雪深い寒村生まれらしい白い肌に、ビスクドールのように整った目鼻立ち。唇の形も綺麗で、金色の髪は天然物としては大変珍しい、トウヘッドよりももう少し濃い金色。今は閉じられているその瞳は、海の色を彷彿させる青みがかかった緑。金髪碧眼という美人像を、まさしく彼は体現している。
体格は9歳という年齢にしてはやや小さいが、姿勢が綺麗で手足も年の割に長い。大人になればさぞや美しい体型になるだろうことが容易に想像出来る。子供の時に可愛くても大人になったら崩れる、なんてパターンはよくあるが、この子共はきっとこのまま、大人の色気と気品を持ち合わせて成長するに違いなかった。

「よいせ、と」

ババ臭いかけ声。寝入った子供を起こさないようそっと抱き上げ、一つしか無いベッドに運んで寝かせてやる。家まで送っていっても良いのだが、鍵をかける習慣が無いとはいえ、他人の家に勝手に押し入るのは憚られた。何より、自分が村の方まで行く機会はなるべく少ない方が良い。

『あそこの小屋、貸してください。取り敢えず一年くらいは住みたいんですけど』

と、オフィーリアが村長に直談判したのは既に一ヶ月前、天使君ことクラウドと、村長の愛娘を偶然保護したその翌日だった。
幾ら娘の恩人とはいえ、元々他との交流も少ない排他的な村。それに加え、相手は何処から来たとも知れない若い女。嫌な顔を隠さなかった村長は、しかしオフィーリアが渡した『先払い』の力もあって最終的にこの小屋を貸してくれた。
倒壊間際のボロ小屋だから、万が一『何かあっても』村のせいにはしない、という条件付きで。

『ありがとーございます! 取り敢えず買い物とかの時はこっち来ると思いますけど、出来るだけ近寄らないようにはしますんで!』

欲しかったのは腰を落ち着ける拠点だ。設備や交通の便はまったく関係無い。オフィーリアは嬉々としてこのオンボロ小屋に足を踏み入れ、そして文字通り『好き勝手』に弄り回した。
普通の人間には真似出来ない、物理法則を無視した本物の『魔法』。

「寝るにはちょっと寒いかな」

パチン、と指を鳴らすと、ちろちろと燃えていた暖炉の火がその大きさを増す。炎が上昇気流を生み、部屋中に暖かい空気が満ちる。ふかふかのブランケットをたぐり寄せてかけてやれば、幼い寝顔が少し緩んだ気がした。

「かーわい……」

こと空間を操る魔法は、オフィーリアの最も得意な分野だ。此処は小屋の中ではなく、正確にはほんの薄皮一枚を隔てた、所謂『亜空間』である。自然の摂理もあらゆる法則も無視できる、オフィーリアの意のままに出来る別次元の世界だ。
此処の家具、そして電気や水は全てオフィーリアの魔力によって創造・供給されており、三日に一度くらい魔力を『ストック』すれば全く不便なく暮らすことができる。流石に食べ物は出せないが、料理は出来るので人里に近いか資源が豊富であれば問題無い。
外から覗いても荒れ果てたボロ小屋の中身しか見えないので、ある意味防犯もバッチリだ。好きこのんでこんな場所に盗みや強盗に来る物好きはいない。

「さて、と」

コキリと肩を鳴らす。何度か肩を回して筋肉をほぐし、徐に持ち上げた左手、その人差し指をくいと曲げる。引き出しにしまわれていた万年筆とメモ用紙が一枚、軽い音を立ててその手に収まった。

『少し出かけます。帰るときはカップを流しにおいておいてね』

チョコボの横顔をかたどったメモを枕元に置いておく。寝相の悪くない子だから、うっかり潰したり何処かに飛ばしたりはしないだろう。むにゃ、と寝言なのか寝息なのか分からないものを漏らすのがまた可愛い。
オフィーリアは最後にそっとクラウドの頭を撫でると、緩慢な動きで壁際に立てかけておいた剣を取り、腰のベルトに引っかける。踵の高いブーツで歩いても、絨毯の長い毛足が足音を吸収してくれた。扉を出来るだけ静かに開き、外に出る。
室内とは正反対の凍てつく風に、刹那で肌が粟立った。

「さっむう」

暑いのも寒いのも別に嫌いではないが、腰を落ち着けるにももう少し暖かいところにすべきだったかも知れないと少し思う。しかし最初に『落ちた』場所は無人の上に此処よりももっと北に位置する場所で、長期滞在するには全く向かなかった。ふらふらと宛もなく彷徨い、岩肌が剥き出しの山(ニブル山というのだと知ったのは後になってからだった)を越えてやっとたどり着いた村は、まさしく灯台の灯そのものだった。
ニブルヘイムという何だか不吉な名前の村に微妙な気持ちになったものの、腰を落ち着けたくて堪らなかったオフィーリアは、結局僅かな葛藤の末にこの村に居着くことにした。
先述の通り交渉の際にだいぶ渋られたものの(そして出すものを出せば割とあっさり許可が下りたものの)、買い物をしに行けばちょっと変な顔をされるくらいで被害は済んでいる。これならば別段文句を言う理由もない。

「あっ……」

腰の剣を撫でて小屋のすぐ側の洋館を横切ると、向こうからこちらを伺っている人影が目に入る。クラウドよりももう少し背の高い、茶色がかかった黒髪が美しい少女。年相応に幼く、愛らしく整った顔立ち。桜色の唇も可愛らしい。くりくりとしたこげ茶色の瞳が、日の光を浴びて輝いている。
一ヶ月前にクラウドと一緒に落ちてきた、ティファという少女だ。

「こんにちは、お嬢さん。良い天気だね」
「こ、こんにちは……」

ナンパ男みたいな口調で挨拶をしてみる。少女は戸惑いながらも一応の返事をしてくれた。

「天使君に用事?」
「え……」
「悪いけど天使君、じゃないクラウド君ね、今ちょっとおねむみたい。良かったら中に入って待ってると良いよ」

私は一時間くらいで戻るからね。オフィーリアはひらりと手を振り、その足ですたすたと山の方へと向かう。

「……天使君?」

後ろで不思議そうに呟く声が聞こえて、自分のせいなのに何故か噴き出しそうになった。

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