かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 03

(それで、気がついたらモンスターに囲まれてて)

二個目のスコーンを口に入れながら、クラウドは上目遣いにオフィーリアを見つめる。オフィーリアは急に向けられた視線に気づいていないのか、自分の冷め切った紅茶に口を付けている。

(フィーは、強かった)

群れを成したキュビルビュヌス相手にぶつけられた火炎魔法は、魔法を殆ど目にしたことの無いクラウドにもはっきりと分かる強力なものだった。遠慮や容赦の欠片も無く群れの八割を灰燼に帰したその威力は、目の当たりにすればなかなか忘れられない。

『さあ、送っていってあげようね。おうちは何処かな、天使君?』

よいしょ、とティファを背負い上げ、そしてクラウドの手を握ったオフィーリアの笑顔はとても清々しかったのを、クラウド本人は嫌というほど良く覚えている。

『ティファ!!』
『クラウド……!』

そしてオフィーリアに手を引かれ、道案内をしつつ村に戻れば、案の定普段は平穏で静まりかえっている村は大騒ぎになっていた。そしてそれは、ぐったりと気絶したままのティファと、膝小僧に傷を作ったクラウド(どうやら落ちる時に岩肌にぶつけたらしい)が戻ると更に酷くなった。

『山を越える途中で二人を見つけたんですよ。なんかよく知らないですけど、女の子がご自分のお母さんに会いに行こうとしてたみたいで』

元々クラウドを毛嫌いしており、今回も「クラウドがティファを山に連れて行った」と思い込んだ村長の怒声は、しかしオフィーリアの説明で結局出てくることはなかった。目を覚まさない娘の方が心配だったというのもあるだろうが、ティファと一緒にいたにも関わらず追い払われたり怒鳴られたりしなかったのは酷く新鮮だったのを覚えている。

『親バカだねあのオジサン。あの子結婚するとき苦労しそー』

他人事のようにオフィーリアが、しかし誰にも憚ること無く大声でそんなことを宣ったものだから、後の空気は物凄く微妙なものになった。きっとあれを『居たたまれない』と表現するのだろうと、後からクラウドはしみじみと思ったものだ。

「どうしたの、そんなあっつーい視線くれちゃって」

頬杖をついたオフィーリアが、いつの間にかカップを置いて此方を見ていた。「ん?」と首を傾げる仕草は何だか幼い。紫色の瞳が、綻ぶようにゆるりと細められた。

「……別に」
「そお?」

不自然な否定だったが、オフィーリアは深く追求しなかった。頬杖をついたまま、相変わらず酷く愉しそうににこにことして、時折思い出したようにクラウドの髪を撫でる。「ふわふわだね、雛鳥の羽根みたい」と事ある毎に言われるのが、何だか近所の子供に言われた『チョコボ頭』という悪口を思い出してしまって少し苦い気持ちになる。

「かーわいいなあ、天使君は」
「天使言うな」
「天使君は天使だからしょーがない。天使を天使と呼んじゃ駄目なんて無茶苦茶だよ」
「アンタの言ってることの方が無茶苦茶だよ」

ぽんぽんぽん、と小気味が良いくらいに言葉が出てくる。呆気にとられて言葉を失うことは多いものの、オフィーリア相手に物を言うことを、クラウドはあまり怖いと思わなかった。
この気の抜けた子供っぽい言動のせいか、ほけほけとお人好しっぽいオーラが全身から出ているせいか。それとも他の何かか。幼いクラウドにはまだ分からないけれども、それでもこうして、下らないことを彼女と喋るのは嫌いではなかった。

(それにしても)

何で俺が天使なんだ。クラウドは自分の思考に憮然とする。
オフィーリアはクラウドを『天使君』と呼ぶ。とっくにクラウドの名前を知っているのに、彼女はクラウドを『天使』と称する。
流石に人前では控えてくれているようだが(そもそも彼女は滅多に村の方に来ない)、たとえ二人だけでもその呼び名は甘受するにはあまりにも恥ずかしい。だから毎回呼ばれる度に「天使じゃない」と言っているのだが、彼女が改める素振りはちっとも見せない。

(ティファだっていたのに)

ティファ・ロックハートは、茶色がかかったブルネットのストレートヘアを長く伸ばした愛らしい少女だ。肌は白くて、手足が長くすんなりしていて、茶色の瞳がくりっと大きく丸くて可愛い。村長の娘だからか着るものも他の子よりワンランク上で、けれど明るく活発で足が速い。クラウドを含め、村の子供達皆の憧れと言って過言ではない。
一ヶ月前のあの日、ニブル山の吊り橋から転落したのはクラウドだけでなく、彼女もいた。なのに二人を受け止めたオフィーリアが『天使』と呼んだのは、何故かクラウドだった。母子家庭で他の家よりももっと貧しい身なりの、背も低くやせっぽちなクラウドを抱き上げ、満面の笑顔で『天使君』と呼んだのだ。
そのときの衝撃は、もう筆舌に尽くしがたい。

『天使に性別はないし、天使と美人のテンプレは金髪碧眼だからね』

だから君はもう天使なのさ。はい決定決定。尊大な態度で言い放ったオフィーリアは、失礼を通り越していっそ清々しかった。
そんな彼女はいつの間にかこの小屋を間借りすることに成功し、買い物の時以外は殆ど村に近づくことなく暮らしている。時折何処ぞへとふらりと消えることがあるようだが、大体殆ど間を空けず戻ってくる。

『山で運動してんの。お小遣い稼ぎも出来るしねー』

いつだったか、帰ってきた直後の彼女に鉢合わせしたとき、彼女はそんなことを宣った。手に持った抜き身の、見たこともない形状の剣を軽く振った彼女の頬には、モンスターの血の跡みたいなものがくっついていた。最初に出会った日、道中出会ったモンスターを片っ端から吹っ飛ばした魔法も相当だったが、彼女は細い身体に似合わず剣まで使えるらしかった。

「クラウド君」

不意に名前を呼ばれ(しかも本名で)、驚いて一瞬で我に返った。オフィーリアがにこりと笑って、空になっていたクラウドのカップに手をかけていた。

「おかわり、いる?」

やんわりと微笑むオフィーリアは、有り体に言って美人だ。白い肌はあまり血色はよくないが、肌理は細かい。混じりけのない黒の巻き毛を肩の辺りで揃えている。睫毛も長くて、唇も鼻筋も綺麗な形をしている。
目つきは少しきつい吊り目。瞳は深い紫色で、以前この村に来た行商の男が見せてきた『独立マテリア』の色にそっくりだ。或いは、たまに目を覚ましてこっそりベッドの中で見る、日の出の時の空の色。

「……いる」

半ば無意識に返事をする。オフィーリアは笑みを深めると、「ブランデーはちょっと少なくしようね。成長過程の身体にアルコールは云々」と何やら似合わない小難しいことを並べ立てながらキッチンへと向かう。女にしては背の高い、後ろ姿。それを何となく目で追ったクラウド少年は、小さく溜息を吐いた。

(きっとこれが、『ザンネンな美人』って奴なんだ)

二個目のスコーンは既に腹の中。三個目は流石に入らない。お腹いっぱいの状態に、暖かい部屋。眠りの神が手ぐすね引いている。クラウドは逆らう術も無く、とろとろと意識を沈めていった。

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