かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 01

すっかりその形が手に馴染んで久しい端末を、宙に翳す。所々に傷がつき、画面には左下に大きな傷が入っているそれは、もう使い古されて久しい。せめて画面くらい取り替えればいいと言われることもあるが、機能さえ正常であれば問題無いし、仮に機能がダメになったらもうどうしようもない。
……何より持ち主であるオフィーリアは、心の何処かでこれが使い物にならなくなることを望んでいる。だからこそ紛失しないまでも扱いは粗雑であるし、たまにどうしても捨てたくなってしまうこともある。

「お、消えた」

一本、たった一本であるが、辛うじて立っていた電波表示が消え、『圏外』の文字が画面上部に浮かぶ。それを目にして覚えたのは、落胆と安堵、その両方。オフィーリアの魔力を勝手に吸い上げて充電するお陰で、バッテリー切れはこの十年ついぞ無い。かといって捨てることはどうにも躊躇われて、結局オフィーリアはそれをポケットにしまい込んだ。
刹那、それとは別に買い換えたばかりの端末が、小さく震動して着信を報せる。

「……もしもしー?」

耳を覆う程度の長さの黒髪を片手でかきあげ、端末を耳に当てる。画面に表示されていた名前の持ち主が、「よっ」と気安い口調で口火を切った。

『こっちは終わったぜ。そっちどうだった?』
「問題無いよー。隠れてるのもぜーんぶ洗い終わったしー」
『おっ、なら上々だな。いつものトコ、来られるか?』
「もーまんたい。じゃあ十五分後ね」
『おう』

ビジネス会話というには気安さの勝る、しかし特別に愛想も何も会話。しかしこれが常であるから、オフィーリアも電話口の相手も、それを気にしたりはしない。

「……さて、と」

ゆるくかぶりを振り、少し強張っていた肩や腰をぽきぽきと鳴らす。そうして自分の足下……四方八方を取り巻くように転がっている男達ににっこり笑いかけた。

「一応死なない程度にはしといてあげたし、早いトコおうち帰っちゃってねー」

あ、聞こえてないか。ごめんごめーん。何とも軽い調子で言い放ち、軽い足取りでその場を立つ。廃屋と瓦礫だらけのその場所に、ゴミと大して変わらない扱いのままで彼らを放置し、オフィーリアはその場を後にする。
目指すのは隣の番地にある、滅多に人の来ない寂れた公園。
オフィーリアには久しく縁の無かった『仲間』が、今はそこで待っている。

 † † †

世界一の魔晄都市、ミッドガル。神羅カンパニー本社のある都市であり、四つの魔晄によってインフラの整えられたそこは、まさに神羅の王都と呼んでも過言ではない。
しかし、巨大な支柱に支えられた、平たい円形のプレートの上に広がるのは、ごちゃごちゃとがむしゃらに建設された高層マンションや、所狭しと並んでいる集合住宅。お世辞にも美しい景観とは言えず、電力供給に伴う排ガスによって、空はいつも淀んでいる。
そしてプレートの下はと言えば、此方に更に酷い。プレートに遮られて空はそれそのものが見えず、空気は上よりも更に淀んでいる。人口が増えて『上』を追い立てられた貧しい者や、犯罪を犯して逃げてきた無法者が集まるお陰で、治安も悪い。選択肢があるなら、好んで下で暮らすのは訳ありか物好きかに絞られるだろう。

「フィー、なんて?」

通話を止めて端末を耳元から離した青年に、ブランコに腰掛けていた女性が首を傾げた。端末をしまった青年が、「ああ」と苦笑気味に頷く。

「十五分でこっち来るってよ。あの様子なら怪我も無いだろ」
「そっか。なら良かった」

ほ、と微かな吐息と共に笑んだ女性は、見たところ二十歳を一つ二つ過ぎた年頃。しかし浮かべる笑みはあどけなく、何処か少女めいている。栗色の巻き毛を綺麗に結い上げ、鮮やかなエメラルドグリーンの瞳を細める彼女は、その白い肌も相俟って文句なしに美しく可愛らしい。こんな寂れた公園に立っていると、まさしく『掃き溜めに鶴』をを体現していると言って過言ではない。

「ザックス?」

頑張って探そうとしてもちょっとお目にかかれないような美女に、思わず視線が吸い寄せられてしまうのは仕方が無い。青年は「何でも無い!」とかぶりを振った。

「それよか、エアリスこそ怪我はないのか? ケアルかけようか?」
「大丈夫。ザックスもフィーもいたし」

エアリスは「ほら」とブランコから立ち上がり、くるりと一回転して見せる。鮮やかなピンク色のワンピースと、同じ色のリボンがふわりと揺れる。一瞬だけそこが別世界のように見えるたのは、きっと気のせいなのだろうけど。

「おまたー」

再び惚けてしまいそうだった意識が、何とも気の抜けた第三者の声で我に返る。見れば公園の入り口で、見慣れた人影が手を振っていた。エアリスが「フィー!」とうれしそうに破顔して、ぱたぱたと小走りにそちらへと近づいていく。ザックスもまた、そのあとをゆっくりとした足取りで追った。

「ごめんね、フィー。大丈夫だった?」
「見ての通りだよー。っていうか私の心配してどーすんの、エアリスこそ怪我ないのー?」
「うん。フィー達のお陰、ありがと」
「どういたしましてー」

にこにこと笑うエアリスに、ようやく合流したオフィーリアもへらりと笑う。普段からへらへらしている割に、こうしてエアリスと並んでいても見劣りはしない。しかしどう考えても、贔屓目云々をそっちのけにしてもエアリスの方が可愛い。内心でうんうんと頷いたザックスは、それを悟られないようひらりと二人に手を振った。

「どうだった?」
「べっつにー。何ていうの? ふっつーの兵士ばっかりだよ。まあ武装してる分、多少は向こうも本気なんじゃない?」

まあ雑魚は雑魚だけどねー、とケラケラ笑うオフィーリアはえげつない。恐ろしいのは、言葉自体は辛辣であるのに、表情に嫌味なものが何も無いことだ。悪意無く事実を突きつけているその様は、まるで子供が無邪気に昆虫の足や触覚をもぎ取るのにも似ている。

「容赦ねえなあ」
「そーお?」

空恐ろしいとは思うものの、一応オフィーリアはザックスの恩人である。全身に撃ち込まれた銃弾により肉を削られ血を抜かれ、虫の息だったザックスをたまたま見つけて拾い上げたのがオフィーリアだった……らしい。

「尾行もされてないし、もう帰ろ。エアリス送ったげるねー」
「うん。あ、ねえフィー。その前に教会、寄っても良い? お花に水だけ、あげちゃいたいの」
「ん。オッケー。水だけでいいの?」
「うん。売るのはまた明日にするから」
「おいおい、俺の意見はー?」

二人して無視すんなよ、と苦言を呈して見るものの、それで怯むようなタマは二人ともしていない。ケラケラ楽しそうに笑って、「ザックスは私の(エアリスの)ボディガードでしょ?」と声まで揃える。

「わーったわーった。ほら、もう行こうぜ。エルミナさんもあんま遅いと心配するし」

ザックスがそう言うと、女性陣も素直に頷いた。もとより誰も長居などする気は無かった。歩き出す三人はあくまで和気藹々としていて、まるで十年来の友人のようだった。

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