かなしき人よ、どうか手を | ナノ
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「フィー、俺、靴……」
「いーからいーから。それよか上着着て。あったかくしてこっちおいで」

手招くオフィーリアに急かされて、やや毛羽立ったコートを慌てて羽織ったクラウドが再び窓に近寄ってくる。全開にされたそこから両手を差し出したオフィーリアは、そのままひょい、と何でも無いかのようにクラウドを抱え上げた。

「ちょっ、フィー、待っ……!」
「しいーっ、静かに静かに。ママさんにバレちゃうって」

困った奴だと言わんばかりに軽く諫められたクラウド少年は酷く憮然とした顔になった。元々の原因がオフィーリアにあるのだからそこは仕方ない。しかしオフィーリア本人は満面の笑みでそれを黙殺すると、そのまま窓を閉めて歩き出してしまった。

「フィー」
「んー?」
「下ろしてよ」
「靴無いのに?」
「フィーのせいだろっ!」
「知らないなあ」
「ふざけんなっ!!」
「ちょ、わ、暴れないでよ天使君痛い痛いいーたーいー」

米俵のように子供を担いだオフィーリアは、じたばたと手足を動かすクラウドをケラケラ笑いながら諫める。子供の力などたかが知れているが、九歳の少年が本気で暴れるとなかなかに厄介だ。オフィーリアは見た目の割に腕力も筋力もある方なのだが、それでもやはりじっとしてくれない相手を担ぐのは骨が折れた。

「フィーの馬鹿……」
「酷いなあ。……よい、しょっと」

小屋の方に彼を連れ出すのは躊躇われて(うっかり降りてきていたモンスターと遭遇したら一大事だ)、オフィーリアはそのまま村の給水塔に足をかけた。そしてそのままひょいひょいと金属で出来たそれを昇り、丁度腰掛けられそうなスペースにすとんと座り込む。
俵担ぎしていたクラウドをそのまま膝に抱き込むと、てっきり解放されると思っていたらしい彼は再び暴れ出した。

「おっ、下ろせってば!」
「やーだよーだ。ていうか静かに。ご近所さんに怒られちゃう」

あとオフィーリアさん寒いからこのまんまがいいなー。などと、正直クラウドからすれば「知ったことか!!」と怒鳴りたくなるような言い訳をかまし、そのままクラウドを抱え込むオフィーリア。クラウドは暫く声にならない呻きというか叫び? のようなものでギリギリしていたようだったが、そのうち諦めたのか少しずつ大人しくなっていった。

「フィーの大馬鹿」
「あはははっ」
「っていうか、何の用だよこんな時間に。あの人は良いのか?」
「あの人?」

意趣返しのつもりなのか、オフィーリアの腕をぎりぎりと握りしめて地味な攻撃をしてくるクラウド。その唇から零れた言葉に、オフィーリアは年甲斐も無く幼い仕草で首を傾げた。
クラウドはというと、そこで聞き返されるとは思っていなかったのか、一瞬だけだが絶句する。そして言い辛そうにもごもごと口を動かしていたが、やがて意を決したように、奥歯に物が挟まったような様子で口を開いた。

「あの人だよ……今日家に来て、転んでた人。商人の……」
「え? あ、なーんだ、ゲイル君のこと?」

それならそうと言いなよー。間延びした口調で言うオフィーリアに苛立ったのか、クラウドは小さく舌打ちをした。心底苛立った風情のそれに、少し遊びすぎたかとオフィーリアは内心反省する。一応『ご機嫌取り』もとい『仲直り』のために連れ出したのに、此処でまた機嫌を損ねてはいけない。

「今日は追い出しちゃってごめんねー、天使君」
「……別に。来客なら仕方ないし」

仕方ないと言いつつも、ぷい、とあらぬ方向を見やるクラウド少年は拗ねた様子を隠し切れていない。オフィーリアは思わず笑いそうになってしまったが、此処で笑えばまたご機嫌ナナメになるのは目に見えていたため自重した。一応、学習能力はないわけではない。

「来客ってわけでもないよ。そもそもお招きしてないし」

などと良いながら、オフィーリアがひらひら手を振る。するとクラウドは驚いた様子でくるりと彼女の方を振り返った。存外ドライな言葉に驚いたようで、金色の睫毛にしっかりと縁取られた両目がぱちぱちと瞬いている。

「……家に上げたんだろ?」
「そりゃ何も無しには追い返せないよ。わざわざお礼言いに来てくれたみたいだけど、お礼なんてあの子のパパさんから十分受け取ったのにね」

と、左手の人差し指と親指の先をくっつけて円を作ってみせるオフィーリア。臨時収入やっほい、と喜んでみせると、抱えたままの幼い身体が少し力を抜いたのが分かった。
とはいえまだまだ緊張している風なのは、彼がこの体勢に一人前の羞恥を覚える程度にはお年頃だからだろう。自分としても少々彼を子供扱いしすぎている気はしているオフィーリアであるが、今更改める気はさほど無い。

「今日は訓練も出来なかったしね。お詫びっていうのも変だけど、明日からは組み手の真似事みたいなのもしてみようか」
「えっ」
「モンスター相手は危ないから無理だけどね。護身術くらいなら私も出来るし」
「……剣は?」
「それはダメ。邪魔にならないことだけやるって言ったでしょ。受け身の取り方とか、そっちの話ね」
「チェッ」

つまらなそうに舌打ちしたクラウドだが、今度は少しそわそわし始めた。分かりやすいことこの上無い反応である。オフィーリアは微かにほくそ笑んだ。こういう素直さがあるからこの子供は可愛いのだ。否、別に捻くれ度合い十割でも可愛いけれど。

「そんなに焦らなくても良いんだよ。天使君は若いんだから、まだまだたーくさん時間があるんだからね」
「ババ臭い」
「そりゃ君に比べたらねー」

まあ、実際は多分この村の誰と比べてもババアなのだが、それはそれとして。

「そんなに強くなりたいの?」
「当たり前だろ」

何となく戯れで聞いてみると、間髪入れずに答えが返ってきた。予想の範疇ではあったのだが、さも当然みたいに言い切られると苦笑しか出てこないオフィーリアである。

「セフィロスは、俺くらいの年にはもうモンスター相手に一人で戦ってたんだって。その頃から英雄だったんだよ、セフィロスは」

語るクラウドは我が事のように誇らしげだ。が、オフィーリアとしては十歳にも届かないような子供が単独でモンスターと戦わせられたという環境の方が気にかかってならない。一体どういう育てられ方をしてそうなったのか甚だ疑問である。……正直、どう頑張っても『真っ当』『まとも』な感じがしないのだが。

(……とは、流石に言えないけど)

この年頃の子供は、夢を見るのが仕事である。ならば余計なことを口走って水を差すのはあまり宜しくない。
昼にそうしたように、オフィーリアは適当な相槌を打ち、クラウドの頭を撫でるに留める。正直に言ってしまえば、見ず知らずの『英雄様』を心配する程に、オフィーリアは慈悲深い性格ではない。せいぜい「担ぎ上げられて可哀想」程度のものであった。どちらかと言うと、そんな『英雄様』に憧れるクラウドがうっかり人生を間違えてしまわないかの方が気にかかってならない。
なので、

「天使君、好きな人はいる?」

偉そうにご高説を垂れるつもりはないが、少しばかり長話に付き合って貰おう。オフィーリアはうっすらと微笑み、脈絡無く放たれた『好きな人』という単語に過剰反応するクラウドの頭を再度撫でた。

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