かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 12

「へー、もう明日出るの?」

ニブルヘイム村の中央にある給水塔。使い込まれたそれの側では、商人達が午前中に広げていた露店を畳んでいるところだった。日は既に西に傾き、夕暮れの様相を醸している。

「おう。もう少ししたらこの村は雪に閉ざされちまう。そうなる前に南にいかねえと、一冬閉じ込められちまうからな」
「そっかー」

給水塔の出っ張りに腰掛けて、のんびりと相槌を打つオフィーリア。数時間前に彼女が(穏便に)追い返したゲイルは、特に違和感なく片付けを手伝っている。時折商品の箱をぶつけたり自分がぶつかったりしているが、あれは間違いなく通常運転だろう。

「悪かったな」
「え?」
「うちの馬鹿息子、さっき姉ちゃんトコ行ってただろ?」

何かご馳走になったみてーじゃねえか。そう笑いながら言う男に、「大したことしてないよ」とだけ返した。そこはあまり触れられたくない。不可抗力だとは思っているが、オフィーリアが少々『人に言えないこと』をゲイルに施したのは間違いないのだから。

「それより……ねえねえ、これってマテリアだよねー」
「ん? ああ、そうだぜ。っつーか姉ちゃんも持ってんだろ? 何を今更」
「あはははっ、そうなんだけどねー」

まあ持ってないんだけどね。オフィーリアは心の中でそう付け加え、緑や青の小さな石達を眺めた。それは指の先でひとつまみに出来る程度の、大粒と呼ばれる真珠よりもやや大きいかなという程度の石。しかし試しに手に取ってみれば、それには確かに魔力が宿っていた。……否、『宿っている』というよりは、魔力を可視化して固めたものがこれであるかのようだ。

「不思議な石……」

持っていると心がざわつく。何かを囁かれているような、訴えられているような……妙な感覚だ。明瞭な声としては決して届かないが、無いものとして無視するには確固としているような。

「おもしろーい」

これがあれば、大抵の人間は魔法が使えるという。G.F.という存在に頼ることも、危険を冒してモンスターから魔法をドローする必要もない。生成の必要もない。この石を身につけるだけで、魔法が身につく。……オダイン博士が聞いたら、どんな反応をするだろう。

(あんま考えたくないかもー……)

どうせ碌なことにならないに決まっている。オフィーリアは緩くかぶりを振り、マテリアから意識的に視線を外した。

「おっ」

視線を感じて顔を上げると、そこには友人に囲まれているティファがいた。何処かそわそわとした様子でこちら窺う彼女に、オフィーリアは苦笑してひらひらと手を振った。途端、夏の花のように顔をほころばせるティファは今日も可愛らしい。

(かーわいいなあ)

クラウドも可愛いが、彼女も全く負けていない。友人に袖を引かれて小走りに去って行く彼女を見送りながら、オフィーリアは考える。
時折遊びに来てくれる彼女とも、一体あと何回顔を突き合わせることが出来るのやらと。

「どうした姉ちゃん、テンション低いじゃねえか」
「えー? あははっ、そうかなー?」

嗚呼まったく、商売人というのは目敏くて困ってしまう。オフィーリアは苦く笑った。
ひらひら手を振って適当な返事を返すと、態度は軽くても拒絶の姿勢を取っていることが伝わったのだろう。男はひょいと肩を竦めた。

「姉ちゃん、若い割に悩み方が年寄り臭ェなあ」
「……あはははっ」

若い割に。当たり前のようにくっついていた修飾語に笑いを誘われる。若い女。そうだ、誰がどう見てもオフィーリアは二十歳前後の小娘に過ぎない。年端もいかないとまでは言わないが、恐らく四十路の大台に乗っているであろう男から見れば、子供も良いところだろう。

(見た目で人を判断しちゃいかんよ、なーんてね?)

見識の広い行商人であっても、よもやオフィーリアがその外見年齢の五、六倍生きているとは思うまい。実際は男よりも年上どころか、この年の孫がいてもおかしくないような『ババア』なのだ。
……もっとも、事情を知る者達に言わせれば、「言動が若すぎて(ガキ過ぎて)とてもそう見えない」だそうだが。

「さて、と」

ひょい、とやおら立ち上がったオフィーリアに、「もう帰るのか?」と男が問うた。オフィーリアが笑みを浮かべて頷くと、彼はつまらなそうな顔で軽く舌打ちする。

「どうせなら何か買ってってくれよ。姉ちゃんなら多少オマケもつけてやっからよ」
「あははっ、ちゃっかりしてるねー」

とはいえ、まあ折角だし良さそうなものがあったら買ってみようか。食べ物なら適当に消費できるし、そうでないならかさばらず、それなりに使えそうなものを見繕おう。そんな曖昧な方針で物色を始めてみるものの、特段欲しいものが出てくることはない。元々日々口にする菓子さえあれば満足できる程度に、オフィーリアは食欲も物欲も大層薄かった。

「あ、じゃあコレちょーだい。このピアス」

何となく目に留めて指先でつまみ上げたのは、申し訳程度の大きさの石しかついていない、シンプル極まりないピアスだった。どうやら普通に付けるものというよりファーストピアス用のものらしく、軸が太い。別に普段使いにしても問題はないだろうが、耳に少しでも髪がかかれば途端に見えなくなりそうな大きさだ。

「何だ姉ちゃん、アンタもう穴あんだろ?」

男がその視線をオフィーリアの耳元に向ける。確かに彼女の耳たぶにはしっかりとピアス穴が空いていて、今手に持っているちっぽけなそれよりも、ずっと大粒のムーンストーンが飾られていた。

「んー……まあそうなんだけどねー」

何となく耳元のそれを触りながら考える。そういえば、この穴は一体いつ開けたものだっただろうか。

「穴増やす気か? 軟骨の辺りは痛ェからやめとけよ」
「や、そういうつもりもないんだけどさー」

けど他に欲しいモンないしね、とは言わず。取り敢えずオフィーリアは財布を出した。見たところ大した値段ではないなと判断して適当に千ギル紙幣を出してみたが、やはりそれでも多かったらしく釣りが返ってきた。

「売っといた手前ナンだけどよ、どうすんだそんなモン」

心底怪訝そうに尋ねる男に、オフィーリアは苦笑を一つ返し、

「ま、ご機嫌取りにでもなればいいなーと思って」
「あァン?」

ますます不思議そうな顔をした男。それに対し、オフィーリアはそれ以上答えること無く手を振ってその場を後にした。そして、

「お暇だったら、ちょっとだけオフィーリアさんに付き合ってくれない?」

話はようやく、この一言まで繋がってくるわけである。

[ back to top ]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -