かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 09

(憧れてる、か)

雑誌に熱中するクラウドの後ろ頭を、そっと見つめるオフィーリアは、彼と裏腹にその雑誌への興味を失っていた。そして、そこに描かれている英雄セフィロスへの関心も、それとほぼ同時に捨て去ってしまう。

(まあ、そういうもんかねー)

認められたいだとか、褒められたいだとか。……愛されたい、だとか。
自己顕示欲だの承認欲求だのと言ってしまえば無粋な感じもするが、人間としてはごく自然な感情の発露だ。既に人間でなくなって久しいオフィーリアには少々共感しがたくはあるが、それでも理解出来ないわけではない。
オフィーリアは、そこでこれ以上この話題を深掘りすることを止めた。憧憬も羨望もとうに錆び付いた自分では、幼い少年の夢をいつ踏みにじるか分かったものではない。

(ん……?)

熱中しているクラウドを邪魔する気はないものの、暇を持て余してしまったオフィーリアだったが、ふと小屋の側を彷徨く気配を察知する。……ティファではないし、クラウドの母でもないようだ。

「……」

クラウドはまだ本に夢中だ。こんなに何かに集中しているのを見るのは初めてで面白い。が、どうやら来客らしいので、応対はしてやるべきだろう。オフィーリアはそっとクラウドから離れ、足音も立てず(そもそも絨毯に吸収されてしまうが)扉の方へと向かった。

「わっ!」

驚かす気はなかったが――無言で扉を開けたせいだろう――いつかのティファのように、扉の向こうにいた誰かが短く悲鳴を上げた。声変わりするかしないかの、年若い少年の声に、オフィーリアもまた、おや、と軽く瞠目する。

「君、確かさっきの」

小屋の前で尻餅をついたのは、父親と仲間から「ゲイル」と呼ばれていた少年だった。そういえばさっきも転んでいたなと若干失礼なことを考えつつ、オフィーリアは何の気なしに手を出し出す。

「ごめんねー、びっくりさせて。だいじょぶ?」
「は、はい……重ね重ね、すみません」
「いえいえ」

頬を赤らめつつも、遠慮がちにオフィーリアの手を取るゲイルは何だか可愛い。よく見ると白い頬にはうっすらそばかすが散っていて、柔和な笑顔に素朴な雰囲気を添えていた。

「で、何か用? オジサンにマテリア売って貰ってこいとでも言われた?」
「え? あ、いえ、そういうんじゃない、です」
「そなの? じゃあ何か売りに来た? 悪いけどそこまで貯蓄ないよー、私」
「いや、そういうのでもなくて。っていうか、商談に来たわけじゃなくて……」

奥歯に物が挟まったようなゲイルの様子に、オフィーリアは首を傾げるしかない。商人が商談でもなく、こんな村はずれのボロ小屋に何をしに来たというのか。取り敢えずゲイルの言葉を待とうと思うのだが、「あの」だの「ええと」だのまごつくばかりで会話は一向に進まない。
きょとんとするばかりのオフィーリアに対し、ゲイルの方はやけに緊張しているらしく、額に汗まで浮かんでいる。一体何をそんなに、とオフィーリアがまた首を捻ったその時、

「フィー、そこ早く閉めて」

と、やけに刺々しい声が背後から響いた。

「天使君?」

急に聞こえたそれに慌てて振り返ると、果たしてクラウドがやけに剣呑な顔をこちらに向けていた。雑誌は膝の上で広げたままだが、視線はまっすぐこちらを……正確にはゲイルを睨め付けている。眉間の皺をぎゅっと寄せていて、見るからに「不機嫌です」と言わんばかりだ。

「どーしたの、急に」
「急じゃないよ。……良いからそこ、閉めて。寒い」
「あ、ごめんごめん」

先の『天使君』呼びに、普段であれば一言ついてくる筈の苦言もなかった。代わりに苦言より余程剣呑な響きを孕んだ声を出され、さしものオフィーリアも少し尻込みしてしまう。
が、一応今は来客中であるわけで。

「えーと、長話になる感じ? だったら中でお願いしていいかな?」
「えっ」

年明けはまだだが、ニブルヘイムはもう十分寒い。小屋の中は暖めてあっても、扉をこうも開け放ったままでは北風も入り放題だ。
そんなわけで中へ誘ってみたのだが、ゲイル少年は妙に上擦った声を上げると、そのまま硬直してしまった。見れば頬の赤みはますます増していて、まるで酒でもしこたま呑んだかのように見える。挙動不審にも程がある……が、此処まで来てしまうと、彼が一体どういう心境にあるのかくらいは何となく察せられるわけで。

(自意識過剰、って感じでもないし)

何がどうしてそうなったのかはさっぱりだが、取り敢えず『そういう意味』での矢印を向けられているようなのは分かった。

(これは拙いかもねー……)

オフィーリアとしては正直「勝手にどうぞ」という感じなのだが、ゲイル本人には宜しくないだろう。若気の至りによる一目惚れとしても趣味が悪すぎる。こんなに若いうちから女難とは、なんとまあ可哀想に。

「……帰る」

他人事のように考えて苦笑を漏らすオフィーリアの背後から、またクラウドの声が低く響いた。幼い子供には似つかわしくない、地を這うような声。流石に少々面食らったオフィーリアを余所に、雑誌を後生大事に抱えたクラウドはもう椅子を立っていた。

「お客さんなんだろ、邪魔だろうから帰るよ」
「そう? でも別に……」
「気を遣わなくていいよ。じゃあね」

拗ねたような、というか完全に拗ねた様子で、クラウドはそのままするりとオフィーリアとゲイルの横を通り抜けてしまった。小走りで村の方へと走る彼の背は、あっという間に小さく、見えなくなっていく。ぽかんとしてそれを見送ったオフィーリアは、やがて「あーあ」と溜息を吐いた。

(悪趣味がもう一人いたか)

有り体に言えば嫉妬、もとフランクに言えばヤキモチというやつだ。とはいうものの、その原因はゲイルのような青い恋慕ではない。下のきょうだいにつきっきりになった母親に向けるそれだとか、気まぐれな猫が飼い主に構われず拗ねてしまったような、そういう類のもの。クラウドには申し訳ないが、多少は懐かれていたのだと改めて分かって、ちょっぴり嬉しくなってしまう。

「……」
「あ、あの……?」
「ん? あーごめんごめん、何でもないよー」

ゲイルのそれに応えることは出来ないし、その気も無い。が、クラウドの子供らしい悋気は放っておくには少し辛い。あとでこっそり家に行ってみようと算段をつけつつ、オフィーリアは戸惑ったままのゲイルを小屋に招いたのだった。

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