かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 08

魔女、という存在がいる。此処では無い別の世界に、の話であるが。
魔女とは特殊な力を持つ女で、その特殊な力こそが魔法である。生まれながらの魔女はおらず、魔女から素質ある女が力を継承することで、その女が新たな魔女となる。魔女の使う魔法は多岐にわたり、そして魔女によって得手とする術も違う。だがその行使する力は甚大にして強大であり、歴史の大きな変革の影には必ず魔女がいたという説もある。
元々人間の女がなるだけあって、魔女は基本的に普通の人間と変わらない。傷つけられれば血を流すし、病にかかることもある。調子の善し悪しもあれば、気分の善し悪しもある。
けれどその魔法というその強力な力によって、野心の無い多くの魔女達はその正体が知れると迫害に遭った。故にいつの時代に何人の魔女がいたのか、最大で何人までが存在するのか、そういった細かなことは一切判明していない。そして当の魔女達も、自分の他に魔女が何人存在するのか、そもそも同じ時間軸に生きているのかすら分からない。

「ただいまー」

ただ分かることは、自分が魔女であるという事実だけ。
それは、世界を越えるという希有な体験をしているオフィーリアであっても、変わらない。

「お茶煎れちゃうね。適当に座っててー」

自分は魔女である。それ以上でもそれ以下でもない。オフィーリアが自身について認識している事実は、所詮その程度に過ぎない。
もっとも彼女の時代には少なくとも、魔女の力を存分に使って暴れ回る、それこそ悪魔のように凶暴な別の魔女がいるのだが。

「……」

手際よく紅茶と菓子の準備をしつつ後ろを振り返ると、クラウドはやけに真剣な顔で雑誌を広げていた。『月刊・英雄アルティマニア』という何ともそのまんまというかアレなタイトルである。オフィーリアからすると『英雄』なんてものは神話や伝承に出てくる胡散臭くて好色な存在でしかないのだが、クラウドからすると今を生きる憧れであるらしい。

「はい、どーぞ」

と、いつものようにお茶を出しても、おざなりな「ん」という返事しか来なかった。まるで妻に茶を出されることを当然と思っている亭主関白の亭主のようだ。ちなみに、オフィーリアとしては特に咎める気はない。というか、此処まで何かに熱中しているクラウドは初めて見るので、オフィーリアはオフィーリアでその観察で忙しかったりする。

(かーわいい顔ー)

時々瞬きをしながらも、黙々と雑誌に目を通しているクラウドは本当に真剣だ。それでも時々うっすら微笑んだり、頬を赤らめたりと、本当に恋する乙女なんじゃないだろうかという顔もしている。なまじクラウドの顔立ちが中性的な美貌を誇るお陰で、ともすれば本当に少女めいてすらいるのが恐ろしい。
きっと彼は、ある程度年を取っても女装が似合うタイプの顔だろうな。クラウドが聞いたら確実に脛を蹴り飛ばされることを考えたオフィーリアは、咄嗟に噴き出すのをぐっと堪えた。

(どれどれ……?)

そんなに真剣に読むような内容なのか。先ほど聞いた名前……

(せ、せ、せふぃ……せふぃーろ? あれ、何か違う?)

内心首を傾げつつも、オフィーリアはそっとクラウドの背後に回った。そして、彼が読み続ける雑誌の文字を、彼の後ろから追い始める。

(……ふーん?)

かの魔晄炉なる施設を一手に運営している神羅カンパニーなる組織が出しているという、その雑誌。丁寧に広げられたページには、当然だがオフィーリアには見覚えの無い人物の顔写真のアップが掲載されていた。
それは年の頃二十歳には届かないかという程度の、際だって美しい少年の顔だった。掘りが深く、肌が白い。プラチナをそのまま誂えたかのような混じりけの無い白銀色の長髪に、同じ色の長い睫毛。薄いが形の美しい唇に、すっきりとした鼻筋、涼しげな柳眉。写真の顔に表情は殆どないが、それがまるで氷像を思わせる怜悧さと、人工的ですらある完璧な美を際立たせている。
そして何より印象的に残るのが、その瞳である。若干青みがかかった緑色、というと普通なのだが、エメラルドカラーのそれは、しかしどうしてかあまり生きた人間のそれという感じがしない。写真だからというのではなく、まるで瞳だけその色のガラスを埋め込んでいる、と言われても納得してしまうような、そういう不自然さがあるのだ。おまけによくよく見ると、そのエメラルドグリーンの瞳は僅かながら発光しているようにも見える。

「この人、だーれ?」

あらゆる意味で一度見たら忘れられそうにない美貌(と、素肌に黒ベルトに黒コートという美形でなければ絶対許されない格好)の男性を指さし尋ねる。クラウドはまさか声をかけられるとは思っていなかったのか、「うわ!?」と大仰なくらいに驚いてみせた。

「びっ、くりした……。セフィロスだよ。さっき言っただろ?」
「せふぃ……ろす? あー、この人がそーなんだ」

何か怖そうな人だねー。と、雑誌のページをオフィーリアがなぞると、クラウドはあからさまに眉を顰めた。

「怖いわけないだろ。セフィロスは英雄なんだ。神羅がずっと戦争で負け無しなのは、全部セフィロスがいるからなんだって」
「戦争? 神羅って企業……会社だよねー?」

オフィーリアからすると、戦争というのはあくまで国家間や都市間などの利害不一致によって行われるもので、幾ら巨大でも一企業が他のコミュニティを敵に回して行うものではないように感じる。
しかしクラウドからするとそのオフィーリアの価値観は奇妙であるらしく、「そうだけど、だから何?」と思いっきり首を傾げられてしまった。

「セフィロスはソルジャーなんだから、戦うのが当たり前だよ」

ソルジャー、というのはこの場合、ただの『兵士』という意味ではないのだろう。と、尋ねてみるとやはりそうであるらしく、「神羅のソルジャーは凄く強いんだ」という、よく分からない解答をクラウド少年から頂いた。

(取り敢えず、企業が私兵を抱えてるって認識でいいのかな)

神羅カンパニーとは『魔晄炉でこの世界のエネルギー産業を一手に引き受ける世界的大企業』というイメージしかなかったのだが、どうやら考えを悪い方向に改めた方が良いかもしれない。オフィーリアはそこまで考え、改めて雑誌の写真に目を落とした。
――セフィロス。名前はそれしか書かれていない。ファミリーネームが無いあたりが何とも謎めいている。神羅カンパニーは企業である以上彼も会社員という立ち位置なのだろうが、全く持ってそんな単語が似合いそうな御仁には見えない。というか、

(企業が私兵持ってるとか……)

『こちら』と『向こう』は然程技術や文化に特別大きな差は無いと思っていたが、こういう違いがあるとは思わなかった。確かに国の概念がなく、町や村といったコミュニティだけで社会がこぢんまりとまとまっている印象だが……。

「天使君は、この人好きなの?」
「好き……っていうのとは、ちょっと違うけど」

そりゃ嫌いじゃないけど、と、若干頬を赤らめたクラウドがもごもごと口を開く。

「憧れては、いる。こんな風になりたいんだ、俺も……すごく強くて、何でも出来て、格好良くて、色んな人が認めてくれて……」

誤魔化すようにぺらりと捲った次のページにも、やはりセフィロスの写真と、彼を褒め称える記事が記載されていた。クラウドは再びそこに目を落とし、熱心に文字を目で追い始める。オフィーリアはそんな幼い少年の横顔を眺め、そしてまたセフィロスの顔を見下ろした。

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