かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 07

手際の良い商人達に混じって、露店の準備をするのは思ったより楽しかった。勝手の分からないオフィーリアは邪魔にならないようにするだけで手一杯だったが、クラウドはもう何度も手伝っているらしく、物の置き方も並べ方もきちんと心得ているようだった。

「おお、さっすが天使君。すごいすごーい」
「……馬鹿にしてんのかよ」
「え、なんで? してないしてない!」

一応素で褒めたつもりなのだが、クラウドにはどうもおちょくっているように聞こえたらしい。ぱたぱた手を振って否定してみたものの、ジト目で睨まれてしまった。まあ睨まれても、子供で、それに何度も言う通り天使のように可愛らしいクラウドに睨まれたところで、正直何一つ怖くないのだが。

「何だ坊主、お前姉ちゃんに天使なんて呼ばれてんのか?」
「ぅえっ!?」
「……ぷっ」

ついついいつものように呼ばわってしまったが、そういえば此処は屋外だった。息子のゲイルを怒鳴りつけていた男にからかうように声をかけられたクラウドが、ぎくりと全身を強ばらせる。そして見る見るうちに頬から耳、額、果ては首までその白い肌を真っ赤にするものだから、オフィーリアは思わず噴き出してしまった。

「わっ、笑うなよ!」
「あ、あはは、ごめ、あははは、ごめんごめんっ、あはははは!」
「馬鹿! フィーの馬鹿! 馬鹿フィー!!」
「そっ、そんな子供みた、あは、あはは、子供か! あっはははははは!!」

嗚呼もう堪らない。何でこの子はこんなに可愛いんだろう。涙まで流してひいひい笑い転げながら、オフィーリアは思わずぎゅむぎゅむとクラウドの頭を抱きしめてしまう。「離せ馬鹿!」と暴れられるが別に何てことはない。子供の力とはいえ思い切りバシバシ叩かれるのは多少痛いが、そんなことは何の問題にもならなかった。

「おいオフィーリアの姉ちゃん、あんま坊主をからかってやるなよ」

雪国育ちの肌を真っ赤にするクラウドが哀れだったのだろう。憐憫の籠もった眼でクラウドを見下ろした男が、オフィーリアの手からクラウドを救出する。クラウドは物理的な距離が離れたことでほっと息を吐き、オフィーリアは「ざんねーん」と然程残念がっていない声音でそれを嘆いた。

「それよか坊主、今日も助かったぜ。ほら、これ小遣いな」
「っ、あ、ありがとう」
「おう、どーいたしまして。こっちこそ手伝ってくれて有り難うな」

ちゃりん、と小銭のぶつかる聞き慣れた音。クラウドの小さな両手に落とされたのはオフィーリアも知っているギル硬貨だ。どうやら手伝いの度にこうして多少のお金は貰っているようで、クラウドは少し照れくさそうにしたものの躊躇わずそれをポケットにしまっていた。

「姉ちゃんも、ほれ」
「はい、どーも」

あまり綺麗ではないが、きちんと茶封筒に入った報酬を受け取る。厚みはほぼ無いに等しいが、成り行きで引き受けたアルバイトなのだからこの程度が妥当だろう。オフィーリアの金の用途は限られているし、元々金に頓着する性格ではない。あればあるで使うし、なければないで質素倹約に不満は無いのだ。
……ああでも、甘いものを食べられないのはやはり辛い。焼きたてのクッキーだの冷やしたプリンだの、ああいうものはオフィーリアにとっておやつではなく主食の域だ。

「で、坊主のお目当てはコレだろ?」
「うん」
「じゃあお買い上げだな。まいどあり!」

あとはよろず屋に行って菓子の材料を買おうかと逡巡していたオフィーリアの横で、クラウドは早速何か購入したらしい。彼はやや錆び気味のギル硬貨を男に差し出し、代わりに彼の受け取ったものを大事に抱え込んだ。

「なーに、それ?」

見たところ少し草臥れているものの、それは雑誌のようだった。裏表紙にプリントされているのは、見るからに立派な高層ビルである。間違ってもニブルヘイムの町並みではない。タイトルは……

「月刊・英雄アルティマニア?」

何とも男心というか少年の心を擽る商品名である。オフィーリアが首を傾げると、クラウドは少しだけ頬を赤らめて「うん」と頷いた。

「セフィロスが載ってるんだ」
「……せふぃろす?」
「知らないの!?」

信じられない、という顔をされてしまったが、知らないものは知らないのだ。「だーれ?」と再び首を傾げたオフィーリアに、クラウドは口元を緩める。

「神羅の英雄だよ。物凄く強くて格好いいんだ」
「へえ」

何となく気のない返事が漏れてしまったが、クラウドは気にしていないらしい。まるで恋する乙女みたいに頬を染めて、青い瞳がきらきらとしている。どうやら彼は、その『英雄様』の熱心なファンらしい。

「クラウド君、それ読みたいでしょ? お茶とお菓子出したげるから、もうちょっとお話聞かせてよ」
「いいよ」

英雄とやらに然程興味はないが、クラウドが此処まではしゃいでいるのは珍しい。折角だからもう少しこの状態を堪能してやろうと、オフィーリアはいつも通りを装って少年を小屋へと招いた。
簡単に商人達へ挨拶をし、隣に並んだクラウドの抱える雑誌に視線を走らせる。

(エスタよりガルバディアって感じかなー……ガルバディアもこんなでっかいビルは無いと思ったけど)

嗚呼でも、三年ほど前に大統領になったビンザー・デリングなら、いずれこんな建物を建ててくるかも知れない。あの男、魔女戦争で疲弊したガルバディアを盛り立てるために随分必死なようだから。

(まあ必死にもなるよねー……)

オフィーリアが『向こうの世界』を留守にしてから既に数ヶ月が経過している。オフィーリアの存在は非公式だから表だった騒ぎにはなっていないだろうが、オダイン博士やエスタの『大統領』達はさぞ慌てていることだろう。国際問題に発展する恐れはないが、オダイン博士の暴走を考えると、今頃『大統領』達の胃痛がとんでもないことになっていそうなのは容易に想像が付いた。
オフィーリアだって帰れるものならさっさと帰りたいのだが、方法が分からないから仕方ない。というか長い目で見た場合、オフィーリアは多分二度とあちらに帰らない方がお互いのために良い気がする。

(ま、そこら辺は難しいトコかなー)

他はさておき、あのオダイン博士がオフィーリアを――もとい、『魔女』を諦めるとは思えない。それこそ新しい魔女が現れない限り、あの手この手でオフィーリアを取り戻そうとする筈だ。それで連れ戻されるなら仕方ないし、それが無いなら何とかこの世界で生きていくしか有るまい。

「フィー? 聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」

物思いにふけっていた事実を誤魔化すように、ぽんぽんとクラウドの頭に手を載せる。案の定クラウドには嫌がられたが、叩かれる手の僅かな痛みは、現実を思い出させるには十分なものだった。

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