かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 06

「おいゲイル! 何やってんだこのスットコドッコイ!」
「商品に傷作んなっつってんだろ!!」

オフィーリアの手を掴んだまま惚けていた少年が、低い怒声にびくつきながら慌てて立ち上がる。転んだ本人の心配を一切周りがしない辺り、彼がこうやって転んだりするのはどうやら茶飯事であるらしい。

「ご、ごめん! 荷物は無事だよ……!」

そして心配されないことに本人も慣れているようだ。痛みからか羞恥からか分からないが、赤く染まった頬をそのままに、何とか積み荷を抱え直す。

「あ、ありがとうございました……」
「いいえー」

はにかんだように微笑む少年は、この行商の一団(といっても五人しかいないが)の中でもとりわけ若かった。ひょりと背が高いが、体格自体はやや細身。年齢は見たところ十代の真ん中くらいだろうか。被ったフードから零れる巻き毛は、やや灰色の強いサンディブロンド。眼鏡の奥で輝く灰色の瞳は、転んだ痛みによってやや潤んでいる。肌があまり日に焼けていないせいで、血の巡りの良さがありありと分かった。

「すまねえな姉ちゃん、倅が迷惑かけた」
「せがれ? 息子さん?」
「ああ」

いそいそと荷物を持ってよろず屋に入っていく少年。それを何とはなしに見送っていたオフィーリアに、入れ替わりで店から出てきた男(最初にオフィーリアに話しかけてきた男だ)軽く手を上げた。

「あんまり似てないね」
「ぶっ! っははは! まあな、カミさん似なんだ。イイ男だろ? ちっと抜けちゃいるけどな」
「んー、まあ有望ではあるかなー?」

イイ『男』って言うには年齢がねー。けらけら笑いながら不遜なことを言い放つオフィーリアだが、男は嫌な顔をせず「手厳しいな」と笑い返してきた。

「ま、五年後に期待って感じ?」
「ははははっ!」

片眼を瞑って好き勝手なことを言うオフィーリア。男はもう堪らないとばかりに呵々大笑する。そうしている内に他の商人からのお呼びがかかり、彼もまた「あとでな」と手を振って店の中に消えていく。チョコボ達と外に取り残されたオフィーリアは、一番近くで大人しく佇んでいるそれの耳裏をこちょこちょと擽った。

「よーしよしよし、良い子だねー」

『向こう』にもいたチョコボの生態は、此処でもさほど変わらないらしい。あまり人には懐かないが、いざ気を許せば従順で強靱。草食だが、気性が穏やかというわけでもない。モンスターと一緒に出現することもあれば、人間と一緒に暮らすことも出来る。きっと世界で一番暢気で、世界で一番不思議に満ちた生き物だ。

「あっはは、ふわふわだ。オジサンちゃんとブラッシングしてんだねー」

じゃれてくるチョコボと戯れつつ、柔らかな羽毛に何度も指を滑らせる。心なしかチョコボが眠たげな眼をし出したのに気をよくしていると、不意に「フィー?」と、聞き慣れた幼い声に名を呼ばれた。

「あれま……子チョコボが増えた」
「誰が子チョコボだ!!」

振り返れば、オフィーリアの腰より下にある金色頭が目に入る。それがこの不思議な鳥では無く人間だと分かっていながらも冗談を口にすれば、それは当然ながら人間の言葉で抗議をしてきた。人間なんだから当然である。しかしあまりにもテンプレートのままの反応が面白くて、オフィーリアは思い切り噴き出してしまった。

「ごめんごめん。おはよう天使君、今日はいつもより早いんじゃない?」
「天使言うな。……このくらいの時間にはいつも起きてるよ。それより、何でフィーがこっちにいるの?」

基本的に買い物以外(それも大体菓子の材料しか買わない)では滅多に村に近づかぬオフィーリアである。こうして村のど真ん中で油を売っているのが不自然に見えるのは当然のことだろう。もっともな疑問をぶつけてくるクラウド少年に、オフィーリアはしかし説明するのもなんだと適当に言葉を濁した。

「んー、まあちょっと色々あってね。大したことじゃないよ」

気にしない気にしない、とつんつんのくせにふわふわな金髪を撫でる。先程までチョコボを撫でていた手で同じように撫でられる……その事実がかんに障ったのだろう。クラウドは勢いよくオフィーリアの手を振り払った。

「いったあ。ちょっとクラウド君ってば何すんのー?」
「っ、こ、こっちの科白だ! この馬鹿フィー!」

痛い、とはいっても大して痛くないのだが、大袈裟に痛がってみせると多少気に病んだ風になるクラウドが今日も可愛らしい。こういう素直な反応をされるから全力で構い倒したくなるのだが、果たして彼がオフィーリアのこの『可愛がり』に気づくのは一体いつになるだろうか。……もっとも、気づいていてもどうしようもないに違いないが。

「おっ、何だ何だ、賑やかだな」

柔らかな丸みを帯びた子供の頬を突いては嫌がられていると、どうやら商談を終えたらしい男がぞろぞろと仲間を引き攣れて戻ってきた。一番後ろには、先ほどゲイルと呼ばれていた少年がいる。彼はオフィーリアと眼が合うと、何故か思いっきり低頭して前に立っていた男の背に頭をぶつけていた。

「おっ、誰かと思えば金髪の坊主じゃねえか。今度も一番乗りだな」
「……こんにちは」

クラウドを視界に入れた男が、気安げに手を上げた。クラウドもぺこりと会釈を返す。どうやら知り合い、というか顔馴染みらしい。まあ狭い村であるし、商人は客の顔を覚えるのが仕事の一環だから当然といえば当然か。

「坊主、いつものやつ、ちゃんと仕入れてきてるぞ。小遣い貯めてたか?」
「うん」
「そーかそーか。ちっと待っててくれな、今並べちまうから」
「……手伝います」
「おお、ありがとよ」

給水塔の側の邪魔にならないところに絨毯を引き、商品らしいものを並べていく男達。そういえば先日ティファが、「行商がよろず屋に売らなかった物は村人に安く云々」と口にしていたことを思い出す。

「姉ちゃん、暇なら姉ちゃんも手伝ってくれや。報酬は上乗せしねえけどな」
「ん、いいよー」

乗りかかった船とは少し違うが、まあ金を貰うまでは暇だし問題ない。見ればクラウドは割と慣れた様子で、男達から受け取ったものを丁寧に並べ始めている。こういう几帳面さが出る作業が、この子供はとても上手い。

「何? フィー」
「んーん、何でもないよ」

面白そうに自分を見ているオフィーリアに気づいたのだろう。不思議そうに首を傾げるクラウドの頭を、オフィーリアは再びよしよしと撫でた。

「……やっぱチョコボとはちょっと違うなー」
「当たり前だろっ!!」

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