かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 05

ニブルヘイムが見えてくるまで、徒歩で三十分ほどかかった。クラウドの来ない朝早い時間に「ちょっとそこまで」出てきていたつもりのオフィーリアは、間借りしている村が意外と遠く離れてしまっていたことに多少は驚いていた。いざとなればニブル山からの帰還に使用していたテレポ(転移魔法)を使えば問題無いので、方向や距離には全く頓着していなかったのだ。

「サンダラ」

攻撃のモーションに移っていたニブルウルフに雷を飛ばして追い払う。数あるモンスターの中でも獣系は対処が比較的楽だ。身体能力は高いものの、獣の本能からか相手の力量をあまり見誤らず、且つ生存本能が闘争本能に打ち勝つことがままあるからだ。
案の定、一体を黒焦げにされた群れは、そのまま揃って尻尾を丸め走り去った。なら最初から襲うなと言いたいが、そこはモンスターだから仕方ないだろう。奴らが人間を襲うことこそ、本能のようなものだ。

「うっひゃあ」

既に何度か繰り返された光景に、後ろからチョコボを引いて着いてくる商人達が感嘆の声を上げる。

「すっげえ威力だな……もしかしてマスター持ってんのか?」
「? マスター?」
「マテリアだよ。マスターになってんだろ? ってことは分裂もしてるよな。なあ、良かったら売ってくれよ。『いかづち』は割とありふれちゃいるが、マスターマテリアなら高値で買い取るぜ」
「……あー」

マテリア。当たり前のように口に出された単語に、忘れてた、と内心ぼやく。
オフィーリアの世界になかったその石は、神羅カンパニーという会社が人工的に製造している不思議な石だ。様々な種類があって、色によって大まかに五種類に分かれている。中でも緑色のマテリアは、オフィーリアが何の気なしに使う『魔法』を人間が使うために必須のものだそうだ。
『向こう』ではモンスターからドローしたり複製したり、それ以前にG.F.――召喚獣を脳内をジャンクションしなければ使えないそれが、こちらではそんな石を武器や防具に装着するだけで使えるというのだからお手軽なものだ。
……と思っていたオフィーリアだが、マテリアというのは基本的に高価で、一般家庭などではまず手に入るものではないらしい。何処の世界でも『魔法』とはなかなか希有な存在らしかった。
確かに『向こう』でも、G.F.を利用した疑似魔法が普及し始めたのは此処五年ほどのことであったし。

「悪いけど、余った分はもう手放しちゃったんだー」

だから自分が使う分しかないの。息をするように嘘を吐いて、オフィーリアはへらへら笑う。すると商人は「そうか」と少し残念そうにし、次いでオフィーリアの手元を見やった。

「そういや、姉ちゃんのその武器も変わってんな。何処のやつだ?」

流石商人、目敏い。オフィーリアは内心舌を巻いたが、努めて平静を装った声を返す。

「これ? これは私の生まれ故郷のやつだよ。正直扱いにくいから、量産してもあんまり売れないんじゃないかなー」

手でくるくるとガンブレードを回し、鞘に収める。ニブルヘイムまではもうあと僅かだ。これ以上モンスターに遭遇することは多分無いだろう。

「トリガーが着いてるってことは、銃剣みてえなモンか? その割にゃ刃の部分が大きすぎるが」
「メインは剣の方だよ。弾丸仕込んで斬るときに撃つの。うまくやると威力が倍ドン」
「そりゃすげえ。けど手の方にもかなり衝撃来そうだな。下手に使うと武器がすっぽ抜けるんじゃねえか?」
「あっはは! 鋭いねーオジサン。そうそう。だから使う人殆どいないんだよー」

どうやら商魂たくましいというか珍しいものや金になりそうなものに目が行きやすいだけで、それを優先してオフィーリアをあれこれ詮索する気は無いらしい。『故郷の武器』としか告げなかったオフィーリアの故郷をしつこく尋ねることもなかった男は、なかなかに気持ちの良い人間らしかった。

「お、着いたな」

まだ朝早いせいもあり、ニブルヘイムの村はまだまだ閑散としていた。もとよりそこまで賑やかでもないのだが、きっと寝ている人間が多いのだろう。村で唯一だという宿屋やよろず屋だけが扉を開けて、あくせくと開店の準備をしている。

「いらっしゃ……おや」
「どーも、毎度ご贔屓に」

カウンターを拭いていたよろず屋の女将が愛想良く行商の男に笑いかけ、そしてその後ろに立っていたオフィーリアを見て目を丸くする。その視線に気づいた男が、「ああ」と笑いながら顎でオフィーリアを差した。

「ちっと厄介なことがあってな、偶然通りかかったこの姉ちゃんに護衛して貰ったんだ。お陰で商品にゃ傷一つねえぜ」
「ああ……そりゃよかった。賊かい? モンスター?」
「賊だな。ま、姉ちゃんのお陰で奴らも無事じゃねえから、暫くはあの辺も安全だろうよ」
「そうかい。まあ怪我もなさそうで何よりだ。災難だったね」

一見何でもないように受け答えをしているよろず屋の店主が、なるべくオフィーリアを視界に入れないようにしているのが分かる。オフィーリアは小さく笑った。

「おい姉ちゃん、報酬あとで渡すからちょっとその辺にいてくれ。すぐ終わるからよ」
「ん、おっけー」

流石は商人というべきか、彼もこの微妙に友好的では無い空気を読んだのだろう。ひらひら手を振るオフィーリアに軽く手を上げて、あとはすぐよろず屋に向き直った。
村の中央に設置された巨大な給水塔の側まで来て空を見上げると、まだあまり日は高くなかった。クラウドがいつも訪ねてくる時間までは、まだもう少しある。

(バターと、あと小麦粉買いたいんだよねー)

何せ、オフィーリアが普段作るのはクッキーだのマフィンだのといった菓子類ばかりだ。小麦粉だの砂糖だのといった、菓子に必須な食材は欠かせない。あとは卵。小麦粉はさておき、卵はあまり日持ちがしないから困りものだ。今余っているものも、そろそろ消費期限が迫っている気がする。

(行商来たってことは余裕あるだろうし、フルーツとかチョコレートとか欲しいなー)

ドライフルーツにすれば日持ちさせられるし、加工もしやすいし栄養価も高い。自分ひとりの口に入るなら別に「甘いなら何でも」というざっくり思考で住むのだが、いざ年端もいかない子供の口に入れているとなると多少は気を遣う。クラウドには一応三食きちんと家で食べるように言ってあるが、そこは念のためだ。

「わっ!?」

つらつらとりとめの無いことを考えていると、近くで悲鳴と鈍い音が響いた。ちらりと視線をやれば、チョコボから積み荷を降ろしていた商人の一人が、雪に足を取られたのか盛大にすっ転んでいた。辛うじて積み荷は崩さなかったようだが、近くに立っていたチョコボが驚いたのか「クエッ!?」と悲鳴のような鳴き声を上げている。

「ちょっとちょっと、大丈夫ー?」

流石に観て見ぬ振りが出来ず(何せオフィーリアのすぐそばで転んでくれたので)手を貸して助け起こす。痛みに呻きながら身体を起こした彼は、よろよろしながらもオフィーリアの手を掴んだ。

「あ、ありがとう、ござ……」

照れ笑いをしながら顔を上げるなり、何故かまじまじとこちらの顔を見つめてくる。視線の意味が分からず首を傾げたオフィーリアの耳に、他の商人の怒声が響いた。

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