かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 04

目の前にでんと居座っていた筈の憎たらしいトラックの尻が、突然横に吹っ飛んだら誰だって驚くだろう。ついでに、背後からこちらを煽りつつも散々銃弾を寄越していたトラック二台が、突然軽い爆発とともに炎上を起こしたら多少はパニックになるだろう。
そして、

「やっほー、見つけたから助けちゃいましたけど。大丈夫でしたー?」

車でもバイクでも、ましてやチョコボでもなく。今はすっかり乗り物としてはマイナーになってしまった馬に乗って若い女が突然やってくれば、それはもう仰天するだろう。しかもその細腕に、広刃の大型剣が握られていれば驚きはひとしおどころではない。

「……」
「どーかしました?」

どうにかチョコボを止めて地面に降り立った自分達と同じく、馬から下りてこちらに近寄ってきた女。敵意の無い気の抜けた笑みを向けてくるが、間違っていなければ今し方トラック3台を吹っ飛ばしたのは彼女の筈だ。不思議そうに首を傾げる彼女に何とか「何でも無い」と返す。

「間に合って良かった。あ、ロキもういいよー」
『……』
「うお!?」

鼻面を撫でる女の手を鬱陶しそうに払いのけ、馬は瞬き一つの間にその姿を変える。奇妙な衣装を纏った、この世の者ならぬ美しさを持つ美青年。彼は機嫌悪そうに舌打ちをすると、そのままかき消えてしまった。

「い、今のは……?」
「G.F.……じゃない。えーと、召喚獣、です。召喚獣」

少々ぎくりとした様子だったものの、女の笑みはそれ以上の追求を許さないものだった。しかし召喚獣であれば納得は出来る。珍しい筈の召喚マテリアを彼女が何故持っているのかは謎だったが、しかし今はそれどころでもない。疼く商魂を何とか宥め、男は背後の仲間達を見やってから頭を下げた。

「姉ちゃんのお陰で助かった。有り難う。このままじゃチョコボも商売道具も全部パーになるトコだった」
「寧ろ命も危なかったと思いますけどねー」

さらりとえげつないことを言い放ち、けらけらと笑う女。そうして持ったままの剣を軽く振り、男が乗っていたチョコボの嘴を軽く撫でた。

「よーしよし、怖かったねー」

優しげなその手つきが心地よいのだろう。あまり人に懐かない男のチョコボが、嬉しげに目を細めて女の手に擦り寄る。何とも気の抜ける光景だった。

「ところでオジサン達、もしかしてニブルヘイムに向かうトコだったり?」
「あ、ああ。その予定だが……姉ちゃん、ニブルの人間か?」

などと自分で聞いておいて何だったが、多分違うだろうなと男は思う。女の肌は白いがニブルヘイムや他の雪国の者とは違う色合いだし、何よりこちらに歩いてくるまでの動作は何処か不慣れだった。きっと旅人か何かなのだろう。

「んーん」

案の定、女はフルフルと首を横に振った。

「でも、ニブルにはちょっと前からお世話になってますよー。何だったら道中一緒に行きます? 護衛くらいならしたげますけど」

若い女が一人、というところに異様さを感じはするものの、しかし世の中には色んな事情を持つ者がいる。町から町へと渡り歩く行商をして長い男は、女の事情をこれ以上探ることをすっぱり諦めた。

「そりゃあ有り難え。ええとそうだな、報酬は……」
「あ、いいですよそんなん。たまたま見つけただけだし」
「そうはいかねえ。恩人にただ働きさせるなんざ商売人として最低だ。ただより高いモンも無ぇしな」
「あ、オジサンそっちが本音でしょ。悪いんだー」
「おっ、バレたか」

ゲラゲラ笑ってみせると、女もまたころころ楽しそうに笑う。良く笑う女だと思った。きついつり目で真顔であれば少し怖い印象も受けるようだが、こうして笑っていると愛嬌があるし、何より美人なのは間違いない。

「そんじゃあ恩人の姉ちゃん、ニブルまで頼むぜ」
「ん。任せてー」
「お前らも良いよな?」

念のため仲間達に確認を取ると、他の者達も先程までのコトがあったお陰で二つ返事だった。「頑張っちゃうよー私!」と手を上げてアピールする様が微笑ましい。

「あ、でも悪いけどこの先は歩いて貰えます? 流石にもう一回ロキ喚ぶのはちょーっと怖いんですよねー」

ロキ、というのは先ほどの馬、もとい青年の召喚獣だろう。召喚獣とはそもそも希少な上、消費するMPの多さと破壊力から戦闘以外の用途で喚ぼうとする者はまずいない。先ほど当たり前のように自分の足代わりにしていた女は、果たしてその辺を認識しているのだろうか。

「ああ、分かった。どのみちそこまで距離も無いし、こいつらも疲れただろうしな」

なあ? と傍らの相棒を撫でれば、まったくだと言わんばかりに「クエッ!」という鳴き声が上がる。同意するように後ろのチョコボ達も鳴き出すのが面白い。女は楽しげに「あははは!」と笑った。

「あ、そうだ姉ちゃん」

これだけのんびりしてても他の追っ手がかからないので問題無いとは思うが、いつまでもこんな人気の無い場所にじっとしているのは宜しくない。さっさと村に行こうと歩き出す男達の先頭に立つ女(やはり歩き方は覚束なかった)の背に、彼は呼びかける。

「何ー?」

抜き身の剣をひっさげて、ひょこひょこと歩きながら振り返る女。年の頃は二十前後だろうか。女性にしては高いらしい身長と、長い手足。所謂スレンダーなその体型に、携えた大剣はややアンバランスだ。

「聞くの忘れてた。姉ちゃん、名前はなんてーんだ?」
「私の?」
「他に誰もいねえだろ?」

何言ってんだ、とばかりに笑う。女は気を悪くした様子も無く苦笑して、「忘れてたー」と頬をかいた。

「私、オフィーリア」
「オフィーリア? 随分立派な名前じゃねーか」
「そうかなー? 似合わない?」

首を傾げる彼女に、男は慌てて首を振る。

「いんや。んじゃオフィーリアの姉ちゃん、道中よろしくな」
「ん。こっちこそよろしくねーオジサン達!」

ひらひらと伸ばした手を振る様はお気楽そのもの。いまいち緊張感に欠けているところが多少の不安を煽るが、変にぴりぴりしているよりはずっといい。男は満足げに笑って、彼女に支払う報酬の算段をつけ始めた。

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