かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 02

「クラウドに避けられてる気がするの」

心なしかしょんぼりした様子で、両手のティーカップを弄るティファ。今はお昼ご飯の時間を少し過ぎた頃で、いつもなら大概入り浸っているクラウドはいない。正確に言うと、ティファがやってきたと知るやいなや、「腹ごなしに走ってくる」と言ってすれ違うように席を立ってしまったのだ。ティファ本人には勿論、側で見ていたオフィーリアが止める暇もなかった。

「外で見かけてもあんまりお喋りしてくれないし、此処でもそんなに……ねえフィー、私、クラウドに何かしちゃったかなあ?」
「んー……」

真剣な様子のティファには大変申し訳ないのだが、オフィーリアとしては少し返答に困ってしまう。
元々クラウドはこの村でやや弾かれ気味だったし(何せ村長である父親が率先して彼を嫌っているので)、ティファとも然程交流はなかったのは間違いない。ティファにとっては「友達がひとり増えた」という程度の気安い感覚なのに対し、クラウドにとっては「高嶺の花だった村のアイドルと内緒で仲良くなった」というなかなか恐れ多い心持ちだろう。
どちらが悪いということではなく、単純にそれまでの立ち位置の問題だ。そしてクラウドの方がそういった方面には敏感なので、どうしてもティファ相手に気後れしてしまうのだろう。加えて、

(可愛くても小さくても男の子、ってやつ?)

オフィーリア相手に剣の手ほどきを強請ったことも、その妥協案として身体を鍛えていることも、クラウドはどうやらティファに知られたくないらしい。オフィーリアとしては別段(彼の立場が悪くならなければだが)隠し立てするようなことではないのだが、クラウドにとってはそうでもないようだ。
単純に、『男の』クラウドが『女の』オフィーリアに手ほどきを受ける、という点も少しは気になっているのかも知れない。

(別に内緒にしなくてもいいでしょーにね)

往々にして、男心というものは女には理解しがたいものだ。女性の方が情緒面での発達が早いのもあるし、男には所謂『男のプライド』というものがついてまわる。そしてそれは女から見れば大概にして「ただの意地っ張り」に映りやすく、更に女性の方がそのあたりを汲んで許容出来るようになるまでにはもう少し時間がかかる。
そのため、ある程度の自我が芽生えた男の言動は、得てして同年代の女からの理解は得にくい。

「フィー? どうしたの?」
「んーん」

まあ、所謂『汗だくで頑張っちゃってる姿』を見せたくない、というクラウドの気持ちは分からないでもないので、オフィーリアは口を噤むことにした。普段は読める空気も読まないくらいの心づもりだが、このくらいの気を利かせることは出来る。

「大丈夫だよ。天使君は怒ってなんかないし、ティファちゃんが嫌いなわけでもない。ただ、ちょっと恥ずかしいだけなんだよ」
「恥ずかしい? どうして?」
「天使君がそういう年頃で、そういう性格で、男の子だからだよ」

ちょっと難しいけどね。私もあんまり理解出来てないんだけどね。と、あらかじめ前置きしてから、オフィーリアはそっとティファの黒髪を撫でる。

「男の子ってね、難しいんだよ。その中でも天使君はもっと難しいんだね。色んなコトを気にしてて、色んなコトに困ってる。だから、ティファちゃんから見れば何でも無いことや、簡単なことが、凄く複雑で難しく見えちゃってるんだよ」

ティファが無神経なのではない。クラウドがやや繊細で敏感なのと、周囲の空気がそうさせるのだ。

「だからね、ティファちゃんは気にしなくて大丈夫。クラウド君が話しかけてきたら、普通ににっこり笑って答えてあげて。それで十分だよ」
「……そうかな?」
「そーだよ。そもそもティファちゃんは何も悪くないんだから。ね?」
「うん……」

ティファはいまいち納得出来かねる様子だったが、それでもオフィーリアの言葉に一つ頷いて見せた。オフィーリアもそれ以上はこの話題を掘り下げることはせず、「天使君遅いねー」と空っぽのティーポットにお湯を注ぎ始めた。

「はい、どーぞ」
「ありがとう」

昨日降っていた雪は今日未明に止んだらしく、今の天気は穏やかだ。ニブルヘイムの冬はは雪が降るときは振り降らないときは降らないという割とはっきりした天気のようで、最近の空模様は雪か晴れのどちらかに二極化していた。

「おいしい」
「それはよかった」

紅茶とお菓子だけは自信あるんだよ、とオフィーリアは悪戯っぽく笑う。一応料理は一通り習ったし覚えているのだが、自発的に作るのはもっぱらクッキーなどの焼き菓子類ばかりだ。小麦粉と乳製品のストックは、だから欠かせない。

「そろそろバター切れるなー」

近々また買いに行かなければなるまい。頭の中で材料の残量を確かめつつ独りごちるオフィーリアに、ティファがふと「そういえば」と口を開いた。

「そろそろ行商が来る頃なんだけど、フィーは何か欲しいものってある?」
「え?」

行商? オフィーリアが首を傾げる。ティファがそれを受けてこくんと頷いた。

「ニブルって何も無いでしょう? 田舎だし、土地も痩せてて魔晄炉しかないし。だから月に一度くらい、行商の人がよろず屋に品物を卸しにくるの。そのときに売れなかったものなら、行商の人が私達に直接売ってくれるの」
「そうなんだ」

確かにニブルヘイムは物資が乏しい。村の中央にある給水塔は立派だが使い込まれていて少し古いし、個人が持っている田畑も自分の家が食べるだけがやっと、というところが多い。若い男の多くは出稼ぎに出ているし、女達も早くに嫁に行く風潮が強い。
例えばクラウドの母も、来年で十になる子供がいる割には随分若く見える。実年齢はどうであれ、見た目は二十歳程度のオフィーリアが独り身でぶらぶらしているということに、当初は随分と奇異な視線を向けられたものだ。

「行商って、何売ってんの?」
「色々。綺麗な布とか、玩具に、別の大陸のお菓子とか、ミッドガルの雑誌や新聞も。あと……宝石とか、チョコボの餌とか……武器もたまにあるみたい。ジェーやトムがいつもパパにねだって怒られてるから」

それは確かに豊富なラインナップだ。明らかに嗜好品でしかないそれらが、この貧しい村でどれだけ売れるのかは分からないが。

「旅のお話も沢山聞けるから、みんな楽しみにしてるの」
「そっか。それは良いね」

何処の世界でも、自分の知らない国や文化の話は興味深いものだ。そういうものに一律嫌悪感を示す者も少なくないとはいえ、異文化とは往々にして人の興味を擽る。

「面白そうだね、何だか私も楽しみになってきちゃった」

とはいえ、村中の人間が集まるような場所に、ひょっこり出ていくような真似は流石に出来ないが。……そんなオフィーリアの副音声に気づくこと無く、ティファは嬉しそうに微笑んでいる。彼女の頭をもう一度撫でると、それを見計らったかのように「ただいま」というクラウドの声が小屋の中に響いたのだった。

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