かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 07

「別にね、意地悪したいんじゃないんだよ?」

座って座って、とクラウドを促したオフィーリアは、じっとこちらを見据える(或いは睨め付ける)少年の顔を微苦笑気味に見やった。子供の、こういう真摯さは眩しくて愛しい。それが親しくなった子供であれば尚更だ。無碍にしたい訳が無いけれど、単純に良しと言ってやれない事情がこちらにはある。

「ほらだって、武器なんて危ないし」
「アンタが言うな」
「大きくなってからでも良いんじゃないかなー?」
「年齢は関係無いよ」
「天使君のお母さんも心配するよ?」
「……母さんも関係無い。あと天使って言うな」
「いやいやいや、それは駄目でしょ」

家族は大切にしなさい。虐められてるわけでもないんだから。と、珍しく大人みたいなことを言いつつ、オフィーリアはぽん、とクラウドの頭に手を置いた。ふわふわの金髪は今日も手触り抜群である。二度三度と指で梳いてしまうのは、子猫の頭を撫でるのと同じような心持ちからのような気がした。

「それにね、クラウド君」
「なに」

幼い少年の声はしかし、存外低い。不機嫌さがありありと滲み出ているそれに、オフィーリアは再び苦笑いした。

「私、いつまでもは此処にいないんだよ」
「え……っ」

ぱちり、とクラウドの双眸が見開かれる。瞬いた目を縁取る睫毛は、髪と同じ金色。長くて量も多いそれは、元々大きな彼の瞳を更に大きく見せている。みどりの混ざった青い瞳に、苦笑を浮かべたオフィーリアが映っていた。

「いつかは分かんないけど、っていうか決めてないけど、私はいつかこの村を出るの。そうしたら君とも会わなくなるし、教えることもそこで終わり。中途半端に身についた武術ってね、人によってはだけど、物凄く邪魔になっちゃうんだよ」

この少年が、何故剣を覚えたいのかは分からない。この年頃の男の子らしい、強さへの純然たる欲求……だけでもないような気がするのは、その言動の真面目さからだ。子供らしい無邪気さが無いとは言わないが、もう少し切実な何かを感じてしまう。
それを、自ら語らない彼に尋ねることが、憚られてしまうくらいには。

「それに私が剣を習ったのは、本当にずーっと昔なんだよ。そのくせ教えた経験は全然ないし、君にとって良い先生には絶対なれないと思うんだ」

だからこそ、この少年にとって足枷や重荷になるようなことは出来ない。彼がこの先どんな人生を歩むにしろ、武力を身につけて生きるならば、きちんとした作法を真面目に習うに限る。

「それにね、私そもそもそんなに剣は強くないんだよ。護身術レベルよりちょっと上くらいな感じかな? 基本魔法ばっかりだからね」
「……」
「剣を習いたいなら、ちゃんとした剣を使える人に師事しなきゃ。私なんかじゃ駄目だよ」
「……」
「魔法頼みな奴の剣なんてたかが知れてるよ。それにガンブレードってフツーの剣とは色々違うし。それに……」
「っ、俺は!」

半分くらいは不本意ながらもなんとか言いくるめようとしたオフィーリアを、少年の大声が遮った。切羽詰まった声音に、オフィーリアが今度は目を瞬かせる。クラウドはぎゅっと唇を弾き結んでいて、眉根をきつく寄せていた。

「俺、は……」
「うん?」

そうやって痛いのを堪えるような顔をされてしまうと、何だか酷く申し訳なくなる。うっかり絆されそうになっている自分を感じながらも、表面上は苦笑を崩さない。やや沈黙が続くが、それを破ったのはクラウドだった。

「俺は……フィー、強いと思う」
「……」
「確かに、フィーが剣を使ってるのは、見たことない。けど……ニブル山に毎日登って帰ってきてるのに、弱いわけない。あそこは、生きては越えられない山だから……フィーは、向こうの麓から登ってきたんだろ?」
「……全部魔法でやったって、考えなかった?」
「魔法なんか使えない、狭い道だってあるだろ。……そういうトコでモンスターに遭ったら、剣で対処したりしてると思う」
「あれま」

元々馬鹿とは思っていなかったが、少年は存外聡いようだ。物事をきちんと深く考える、そういう思慮深さがある。オフィーリアは内心舌を巻いた。こういう賢さもまた、彼が周囲の子と溶け込めない原因なのかも知れない。

「強くなりたい」

だがそんなオフィーリアの葛藤を余所に、クラウドは切実な声で続ける。

「弱いのは、嫌だ。今みたいなままじゃ、嫌なんだ」

だからフィー、お願い。そんな風に泣きそうな顔と声で頼まれれば、もうこれ以上嫌だとはどうしても言いがたい。

「……剣は、駄目だよ。私じゃあ荷が勝ちすぎてる。役者不足。これは譲れない」
「フィー!」
「でもね、他のことなら教えてあげられる」

咎めるような響きでオフィーリアを呼んだ少年が、またぱちぱちと瞬きをした。オフィーリアは苦笑を深くして、また少年の頭に手を伸ばして撫でた。

「……他?」
「そ。剣を使うのに邪魔にならない、仮に剣を学ばなくても役に立つこと」
「何、それ」
「そうだねー。例えば……」

よしよしとクラウドの頭を撫でながら、オフィーリアはもう片方の手の人差し指を立てた。

「速く走ること」
「え?」
「高く跳ぶこと。転んでもすぐに起き上がること。受け身を取ること。あとはまあ……相手より早く手や足を出すこと、かな」

ひとつひとつ指を折って数え、くすりと笑みを零す。苦味の混じっていない、ただの悪戯っぽい微笑み。先程までとは明らかに空気の違うそれに、クラウドが戸惑ったような表情を見せた。

「要するに、身体の使い方ってヤツ。天使君は凄く姿勢が綺麗だし、そういうのはきっと得意だと思うよ」

私もね、剣を握る前にそこから始めたんだ。オフィーリアがそう言えば、クラウドはぱっと顔を輝かせる。ぱちぱちと瞬きを繰り返す目。瞳から星が飛んでいるかのように輝いている。

「……本当に、教えてくれる?」
「この期に及んで嘘なんか吐かないよ。……でも、ちゃんとママさんに許可取ってね?」
「うん!」

ぱっと花が咲くように微笑んだ少年は、正直少女と見まごうほどに可愛らしい。我慢できずに両手で抱き上げると、彼は「やめろよ!」と途端に顔を真っ赤にして暴れ始めた。

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