かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 05

(あーらら、ご機嫌ナナメだこと)

半ば自分のせいということはわかっていたが、オフィーリアは他人事のような心の中でひとりごちた。
紅茶のカップを持ったままのクラウドは、ティファの話に相槌を打ちながらも時折じとりとこちらを睨めつけてくる。だんだんその間隔が広がっているあたりが子供らしくて微笑ましいのだが、それを口に出したら本当に臍を曲げられそうなので黙っておくことにする。

(どうしたもんかなー)

小さい子供は好きだ。誰かの面倒を見るのも嫌いではない。『長い』人生の中で、孤児を拾ったこともある。
何かを教えるという経験がないわけでもないので、正直クラウドの要望に答えることは吝かでもない。けれどそれはあくまで個人的な気持ちの問題であって、それ以前に色々と『如何ともしがたい』事情があった。
ちなみにティファはというと、彼女は彼女でクラウドの不機嫌さには気づいているようだが、尋ねても彼が答えなかったので言及をあきらめたらしい。今はにこにことクラウドの母親作のパイを口に運び、「クラウドのママのパイ、おいしいね」と微笑んでいる。相変わらずの愛らしさだ。

「パイって難しいんだよねー。昔アップルパイで大失敗したことあるよ」

自分用に切り取ったパイを飲み込んでから、オフィーリアもひとつ頷く。若干現実逃避をしている感じもあるが、会話の流れとしては不自然ではない。

「フィーも失敗するの?」

意外だ、と言わんばかりにティファがその両目を見開く。向かいに座ったクラウドも似たような表情をしていて、オフィーリアは思わず苦笑した。

「するよーそりゃ。ていうか寧ろ昔は失敗ばっかだったかなー」

元々オフィーリアは手先の器用な方ではないし、必要なことや関心があることに対しての執着と反対に、そうでないものへの集中力が致命的に欠落していた。一旦『やる』と決めればそれなりに努力できたのだが、こと料理に関してはなかなかそういう気持ちになれなかったのだ。

「どうやって得意になったの?」
「教えてくれた人がいたんだよー。すっごいスパルタだったんだけどね」

ちなみにその人は元々オフィーリアの激しい偏食を心配して指導してくれたのだが、結局料理が出来るようになってもそこはあまり治らなかった。今も結局、甘いものばかり作っては食べるという、女としても人間としても駄目すぎる食生活を繰り返している。

(……あれ?)

「お前本当にいつか豚になんぞ!」「若い女がその辺にあるモンばっか食うな」……そんな風にオフィーリアを叱り付けて、台所に引っ張った人がいた。言われた言葉と、その声が男だったことは覚えているけれど。

(誰、だっけ)

ああ、また忘れている。忘れていることばかり、思い知る。
人と触れ合うことは楽しいけれど、幸せだけど、いつも何処か寂しくて悲しい。

「フィー? どうかした?」
「……なんでもないよー」

厳しい人だったなー、って思ってね。へらりと笑ってティファの頭を撫でる。さらさらの髪はとても指通りが良かった。
誤魔化した感じが半端ではないが、実際厳しかったのは覚えている。分量から食材の切り方から何でも適当にしようとしたオフィーリアは、「お百姓さんに謝れ!」「農家の苦労を考えろ!」と容赦のない力で後ろ頭を何度もどつかれたものだ。

「まあ何はともあれね、ティファちゃんもお料理は得意になっとくといいよ。絶対損はしないからねー」

教えられている間は散々泣き言も言ったが、何だかんだで身に着けたスキルが無駄になったことは一度もない。ひらひら手を振ったオフィーリアに、ティファも少し苦く笑った。

「パパも言ってた。パパはママのお料理に『ヒトメボレ』したんだって」
「あはははっ」

あの厳しい顔をした、少し過保護な印象の男性を思い出す。ティファと同じ髪と瞳の色をしていて……きっと妻のことも、娘と同じくらい愛していたのだろう。否、妻を愛しているから、娘が心配で仕方ないのだ。

「まあ、好きな男は胃袋から掴めっていうからねー。ティファちゃんママは基本に忠実だ。――すてきなお母さんだね」
「……うん」

ティファはほんの少しだけ瞳の光をゆらりとゆらして微笑んだ。きっとまだ完全には吹っ切れていないだろう、母親の死に思いをはせているのだろう。母に会いたいがためにあんなに険しい山を登ろうとした、彼女の孤独と切望を思うと酷く痛ましい。

「かなしいね」

失うことは。そして、残されることは。

「ティファ」

クラウドが気遣わしげに名を呼ぶ。けれど躊躇いがあるのか、彼はティファに触れることも、近づくことも出来ない。
オフィーリアは彼の手をそっと取り、ティファの頭の上にのせて撫でる動きをした。

「フィー……?」
「っ……」

唐突なアクションに戸惑った顔をしたクラウドだったが、ティファが息を詰まらせた気配を感じてその視線をティファに向ける。
彼女の大きな瞳からほろりと雫が零れれば、彼はもうオフィーリアの行動の意味なんてどうでもよくなったらしい。ほろりほろり。次々とあふれ出る涙にあわてながらも、手をどけるという選択肢は早くも消えたようだ。おずおずと、ぎこちなくティファの頭を撫でるクラウドの、強張った表情がなんとも言えず愛しい。

「いいよいいよ、泣いてごらん。遠慮してたらいつまでも悲しいからね」

思いっきり泣けばいい。いつか思い出に昇華できるまで。喪失感が風化するまで。――忘却が、その残酷さでもって牙を向く前に。
ぽん、ぽん、と規則的なリズムで、肉の薄い背中を叩いてやりながら、オフィーリアはハンカチ何処だっけ、ともう片方の手で上着のポケットを探った。

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