かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 04

「はい、どうぞ」

グラスに入った氷がぶつかる、カラン、という音が涼やかに響く。透明なグラスと、中に注がれた何の変哲も無い水と氷。いつの間に氷まで用意していたのかは分からないが、あっという間に火照ってしまった身体にはその冷たさが有り難い。クラウドは礼もそこそこにガラスのそれを受け取り、中身を煽った。

「あは、イイ飲みっぷりー」

茶化すようなオフィーリアの笑い方に思わず彼女を睨め付けるものの、案の定ダメージはゼロの様子。あっという間に水は飲み干され、氷だけになったグラスの中。行儀が悪いのは分かっていたが、クラウドはその氷を一つ自分の口に流し入れ、腹いせとばかりにガリガリと噛み砕いた。

「冷たいのはそれだけにしようね。あんまり身体冷やすのは良くないから」

紅茶も煎れ直そうか。たまにはミルクティーにしても良いね。そんな他愛も無いことをつらつらと語るオフィーリアの手には、鞘に戻された彼女の剣が収まっている。まるで近所の子供が振り回す棒きれのように、軽々と持ち上げられている。

(本物の、剣……本物の武器……)

最初にオフィーリアと出会った時、ニブル山から下りる途中でも、モンスターには何度か出くわした。魔法の方が得意なのだというオフィーリアはそのとき一度も剣は抜かず、相手にモーションをさせる間もなく強烈な魔法をぶちかまして戦闘を終わらせていた。本当に魔法しか使わないものだから、クラウドは当初オフィーリアが武器を携えているということに気づかなかったくらいだ。

(でも……)

使っているところを見たわけではないけれど、あの無骨ですらある武具が、彼女の手に酷く馴染んでいるのは何となく分かった。
両手で握って構えてみた、あの重さ、あの圧迫感。それを片手で悠々と持ち上げた動作の、馴染んで手慣れた様。重さも鋭さもものともせず、クラウドの手から取り上げて、鞘にしまった手つき。
彼女は、『強い』のだ。きっと。間違いなく。

「……フィー」
「んー?」

ごくり、と無意識に喉を鳴らす。いそいそとミルクティーを用意しているその後ろ姿はいつも通りなのに、何故こんなに緊張してしまうのか。

「あの……」

あー、だのうー、だの、言葉にならない呻きみたいな声しか絞り出せない。もごもごと口ごもっていてもオフィーリアは特に急かさず、湯気の立つカップをふたつトレーに載せて戻ってきた。ミルクたっぷりの紅茶を、まずクラウドの前に置いた。

「剣……」
「うん?」
「剣、教えて、欲しいんだけ、ど」
「へ?」

ぽかん。そんな音がいっそ聞こえてきそうなくらいに、オフィーリアのつり目が丸く見開かれる。深い紫色の瞳ふたつに、それぞれ緊張した面持ちの少年が移っていた。

「……私に?」

まじまじと瞬きも忘れたようにこちらを見返してくるオフィーリアに、幾ら何でも驚きすぎじゃないかと少しばかり憮然としてしまう。そんなに意外なことを言ったつもりもないのに。

「んんー……」

こくりと頷いて肯ったクラウドに、オフィーリアは何だか複雑そうな顔をした。難しいような、困っているような。少なくとも、クラウドの頼みを快諾する様子は無い。駄目元だったのは間違いないが、難色を示されている、この事実に喉の奥がひりつくような苛立ちを感じた。

「駄目?」
「だめ、っていうかー……んー、ちょっとねえ」

もごもご、と先ほどのクラウドと似たような感じで口ごもるオフィーリア。一体何をそんなに渋るのか。髪を掻き上げたり唸ってみたりと挙動不審になるオフィーリアに、クラウドはますます顔を顰めた。

(何だよ、一体)

紫色の瞳が、ウロウロとあちらこちらに視線を彷徨わせている。かと思えば俯きがちになり、くるくると細かなウェーブがかかった、せいぜい耳を覆う程度の長さしか無い黒髪が影を作る。少しかさついた桜色の唇が、細長い人差し指に押されてその形を変える。
伏せられた眼。きつめに吊り上がった瞳は、笑みを消すと途端に冷たい印象をもたらす。瞳の色が滅多に無い紫色ということも相俟って、途端に近寄りがたさすら出てくる。影を落とす睫毛は意外と長く、量も多かった。

「……ティファちゃん」
「えっ」

やおら口を開いたかと思えば、その中身はクラウドの予想からは明後日方向にすっ飛んだものだった。ティファ? 何で此処でティファが出てくる? 頭に幾つも疑問符を浮かべるクラウドを余所に、オフィーリアは立ち上がってドアの方に歩いて行く。そしてクラウドが口を挟むより先に、遠慮無くノブを捻り開け放った。

「きゃっ」
「いらっしゃい。良く来たねー」

果たして、そこには確かにティファがいた。ノックしようとしていたらしく、右手で可愛らしくグーを作っている。叩く扉が取り払われたことで少し所在なさげだったそれを、オフィーリアが優しく掴んで中へと招き入れた。

「あははっ、ごめんねティファちゃん。びっくりした?」
「うん」

ぱちぱち、と焦げ茶色のまあるい瞳を更に丸くしたティファが、ぱちぱちと瞬きする。髪と同じ、やや茶色がかかったブルネットの睫毛がそれとともに揺れる。可愛らしいワンピースの裾に皺が寄らないよう気をつけながら、彼女はオフィーリアが引いて促した椅子に腰掛けた。

「フィー、どうして私がいるってわかったの?」
「ん?」

紅茶煎れようね、と背を向けたオフィーリアを、ティファが振り返る。それにつられるように、向かいに座っていたクラウドも視線を彼女へと向けた。ティファの登場により話題を誤魔化された感じもしたので、その腹いせも込めて。

「大したことじゃないよ。この小屋、中も周りも色々弄ってるかんねー」
「? そうなの? 確かに物は沢山増えてるみたいだけど」

不思議そうなティファの頭をよしよしと撫でるオフィーリア。すると彼女は途端に頬を薔薇色に染めて、えへへ、と嬉しそうにはにかんだ。その様は文句なしに可愛らしいのでクラウドとしては一切文句はない。が、そこから離れたオフィーリアの手が当たり前のようにこっちの頭も撫でてきたことには苦言を呈したかった。

「……ごまかされないからな」

先ほどの話はまだ終わっていない。クラウドがじとりと睨め付けると、オフィーリアは肩を竦めて「仕方ないな」とばかりと頷いたのだった。

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