かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 03

クラウドが武器に興味があると気づいたのは、そう最近のことではない。正しくは武器というより、漠然とした腕っ節という意味での強さ。武力。モンスターや人を力ずくでねじ伏せる、議論の余地も無い力に関心があるようだ。

「フィー、あの……」

やけに改まった口調で呼ばれるが、それが逆に何だかおかしい。オフィーリアは「ん?」と腕の力を緩め、いつの間にか赤みの消えたクラウドの顔を覗き込んだ。

「駄目だったら、良いんだけど」
「うん」
「……剣、見せて」
「うん、いいよー」
「えっ」
「ぶふっ!」

自分から聞いておいて「えっ」とは何事か。緊張を孕んだ声音とは正反対の頓狂な感嘆詞に、オフィーリアは思わず噴き出してしまった。

「な、何で笑うんだよ!?」

途端再び頬に血色を取り戻すクラウドは文句なしに可愛い。とはいえこれ以上怒らせると多分拗ねるので、「ごめんごめん」とオフィーリアは素直に謝ることにした。ついでにふわふわつんつんの頭をよしよしと頷いて、腰のベルトから得物を外した。

「ごめんねー、ちょっと降りてくれる?」
「フィーが勝手に乗せたんだろ」
「あははは! ごもっともで!」

とまあ、武器を握っての冗談はこのくらいにしておく。ぷりぷり怒りつつも膝から降りたクラウドを確認し、オフィーリアはすっかり手に馴染んだ刃をそっと鞘から引き出した。

「わ……」

鏡のように磨かれた刃に、目を瞠るクラウドのかんばせが映り込む。オフィーリアは薄く笑みを浮かべた。

「ガンブレードって言うんだよ。私の生まれ育ったところでは割と有名なんだ」

もっとも、有名というのはその扱いづらさと、数年前に大ヒットした映画の主人公が使っていたことによるものであり、武器としてメジャーかと言えば絶対そんなことはないのだが。

「剣、なのに……トリガー?」
「ああ、うん。それが『ガン』ブレードって名前の由来ね」

ガンブレードは、大型の剣に銃のメカニズムを組み込んだ独特な剣だ。実際に弾薬を仕込み、トリガーを引くことで実弾は発射されないが、火薬の力によって刀身に激しい震動が加えられる仕組みになっている。これを上手く使いこなすことで、斬撃の威力が劇的に増加する。
が、遣い所を誤れば自分の手から武器を飛ばしてしまったり、火薬の暴発で手首から先が無くなったりすることもある(らしい)武器としてはかなり危険な部類だ。何より実際の戦闘でトリガーを引くタイミングを計ることそのものが難しく、数十年前からは軍隊でも基本演習の時しか使わない始末となっている。

「使いにくいのに、何で使ってるんだ?」
「ちょっと特別製でね、私にはこれが一番良いんだー」

本来は実弾を使うガンブレードだが、これはオフィーリアの端末と同じく奇才・オダイン博士の手が入っている。要するに、此処でも使用されるのは弾丸ではなく、端末と同じくオフィーリアの魔力である。
きちんと手入れをする必要はあるが、弾を新しく込める手間も、ジャムったり暴発したりする心配もない。威力の調節もある程度可能で、手加減も出来れば本気で相手を薙ぎ払うことも出来る。ただの武器では持て余してしまうことの多いオフィーリアにとって、このガンブレードはまたとない相棒だった。
……勿論、この補足はクラウドには伏せておく。

「持ってみる?」
「……いいの?」

ぱちくりと目を瞬かせるクラウドに、オフィーリアは笑顔を作って頷く。

「いいよ。でもちょっとだけね」

と、勿論釘は刺したが。

「はい、じゃあまず背筋伸ばしてー」
「えっ……」
「こう。ね。腕だけで持っちゃ駄目だよ。手首が痛くなるからね。腰をちょっと落として、脚も開いて」
「っ……」
「そう。で、両手でしっかり持って。頭はもっとこっちに。……そう。上手上手」

本当なら練習用の竹刀でもあれば良いのだが、折角だ。どうせいずれはモンスターなりと戦わなければならない世界なのだし、武器の重みを早くから知っておくことは悪いことではない。

「どお?」

きちんと慣れた人間にとっては当たり前の姿勢でも、武術に不慣れな人間には不自然で大変きつい体制。おまけに女性用に軽量化されているとはいえ、大人が両手で振り回す武器を持たされた子供の顔は酷く辛そうだ。
クラウドの顔はもう真っ赤になって、体中がぷるぷると震えている。「どお?」というオフィーリアの言葉に応える余裕も無いようで、その代わりに弱音を吐くことも無い。勝手に構えを崩すこともせず、ぎゅっと歯を食いしばって堪えている。

(おお、意外と様になってる)

勿論大きさは不釣り合いなのだが、全体的に悪くない。元々クラウドは俯きがちだが姿勢が綺麗で、体幹が真っ直ぐ伸びている。身体の使い方がとても綺麗で、無駄が無い。
人間、生きていれば多少の悪い癖は身体につくもので、武術を本当に身につけるならまずその『悪癖』を直さなければならない。オフィーリアもいざ剣術のいろはを習うときは、無意識に染みついていた歪みを取るのに随分苦労したものだ。

(ん……?)

はい、そろそろ終わりー。とクラウドの手からガンブレードを回収する。クラウドはそのままどたりと尻餅をついてしまい、はあはあと荒い呼吸を繰り返した。少し無理をさせすぎたかもしれないと、オフィーリアは少し反省する。

(習ったって、誰にだっけ)

オフィーリアの剣術は自己流ではない。それこそまだ『ガンブレード』という武器が出てくる前に、鋼で出来た重たい剣の使い方を誰かから学んだ筈だ。姿勢の正し方、体重のかけ方、腰の落とし方、足の運び方。教わったことは全て覚えている。
けれど。
それを教えてくれたのは、誰だった?

「フィー?」
「ん? あ、ごめんごめん、ぼけっとしてた」

お水飲む? 欲しい。他愛の無いやりとりをして、へたり込んだままのクラウドを助け起こす。ガンブレードはきちんと鞘に収め、ベッドの上にそのまま寝かせた。ガラスのコップを宙から取り出し、水を注ぎに行く。

(まーた何か、忘れてる)

なるべく使わないようにしていても、結局はコレだ。時間が経ちすぎているせいか、それとも頭の中に組み込んでいる『ロキ』のせいか、もはやそれすらも判別できない。憎らしいことだ。情けないことでもある。大切な筈なのに、記憶はどんどん削ぎ落とされていく。
忘れたくないことは沢山ある筈なのに、もう、何を覚えていないのかも定かではない。

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