かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 02

例によって小屋の側にある洋館の屋根に転移し、そこから降りてさも『今帰りました』という風情で扉をあける。

「ただい……おや天使君、いらっしゃい」
「天使じゃない。……おかえり」

椅子に座っていた少年にも『今気づきました』という感じで声をかけると、相変わらず呼び名に文句を垂れつつもぶっきらぼうに挨拶をくれた。
彼に以前「私が留守でも中入ってて良いよ」と言った当初は少し気まずそうだったりしていたが、今となってはそんな様子は微塵もない。懐かれている、と捉えて差し支えはないのだろうし、それはそれで嬉しくはあるのだが。

(こんな頻繁に来てて良いのかな、この子)

と、要らぬ心配をせざるを得ないオフィーリアである。
ティファもあれからちらほら父親や友人の目を盗んで顔を出してくるようになったものの、頻度は週に一度程度。それに引き替え、天使君もといクラウドはほぼ毎日の頻度で此処に来る。社交的なティファとも殆ど話したことがないらしいことから、彼は多分日頃から内向的で人見知りするタイプだろう。この分では、同年代の子供と遊んだ経験がまともにあるのかも疑わしくてならない。

「今日はプリンを作ったんだよ。食べる?」
「食べる」

友達という存在は、人生に必ず、絶対、必要なものではないとオフィーリアは思っている。勿論、いてくれれば楽しいことも多いし、実りも多い。作ろうと努力することは絶対に無駄ではない。友情は財産だ。それは間違いない。
けれど人間には、孤独に苦痛を覚えない者もいる。人付き合いが億劫でしかなく、出来ることなら誰とも関わりたくないと心底思っている人間だっている。そういう人間が無理に友人や恋人を作ろうとすることは、誰の得にもならない。多くはないけれど、間違いなくそういうタイプはいるのだ。
問題は、クラウド・ストライフというこの少々物騒な名前の少年(何せ『闘争の兆し』だ)が、まかり間違ってもそのマイノリティなタイプではないということだ。

「味はどう? 美味しい?」
「うん」
「良かった。いっぱい作ったから、また少し持って行ってくれる?」
「うん。ありがとう。……あの、これ」
「ん? わ、美味しそう! 貰っていーの?」

差し出された籠は少し重かった。上にかかった布を取ると、そこからは香ばしい匂いをさせたミートパイが丸ごとひとつ。つやつやとしたパイ生地の色合いも美味しそうで、オフィーリアはぱっと顔を輝かせた。

「母さんが、沢山作ったからって。シチューもだけど、母さんはパイも得意なんだ」
「そりゃあ楽しみ。ちょっとプリンだけじゃ割に合わない感じだけどね」
「……そんなこと無いと思うけど」
「あはは、ありがとークラウド君。もう一個いる?」
「うん。いる」

仲良くなると、クラウドは良く喋る。人間誰しも少なかれそんなものだろうが、クラウドはそれが顕著だ。年の割に語彙が豊富で皮肉っぽい言い回しも多いけれど、元々きっと人と話すのが嫌いな訳ではないのだろう。
多くの他の子供と同じで、独りぼっちが嫌いなタイプなのだ、本当は。

「フィー?」
「……んー?」
「ん? じゃない。……何か、ぼーっとしてるみたいだけど」
「えー何々? 心配してくれてんの天使君?」
「う、自惚れんなよ! 心配なんかっ……」
「あははは! まあまあ照れない照れない。ありがとー天使君、ちょー嬉しい」
「わ、やめ、やめろ、頭撫でるな!」
「やーだよーだ!」

(……勿体ないなあ)

この子も、周りも。オフィーリアは心の底からそう思う。
クラウドは魅力的な子供だ。プライドが高いのと口下手なのと、後はこの現実離れした美貌(と、子供に使うには少々いきすぎた表現のような気がするが)のせいで酷くわかりにくいが、彼の本質は酷く優しくて繊細だ。最高傑作のビスクドールのように美しい少年に相応しい、美しい心を持っている。
惜しむべきは、クラウドの社交性がゼロなお陰でそれが周囲に全く伝わらず、そして周囲も彼の心の柔らかでさりげないものに気づいていないこと。更に言うなら、本人も自分がそういうタイプだと分かっていないことだろう。

「クラウド君、こっちおいで」
「? 何だよ」
「いーからいーから。ほら、こっちこっち」

ちょいちょいと手招きすれば、訝しげにするものの椅子から立ち上がって近づいて来ようとする子供。文字通り『幼子にするように』脇の下に手を入れて抱き上げると、一瞬遅れて我に返り、じたばたと暴れ出す。

「な、にすんだよ!?」
「抱っこですが何か」
「真顔で言うな! 離せっ!」
「やーだね。ほら暴れると紅茶零れるよー」
「誰のせいだとっ……!」
「プリンも危ないな−。崩れちゃったらどうしよっかねー?」
「くっ……!」

悔しげに歯噛みし、それでも大人しくなるのが酷く可愛らしい。悪いことをしている自覚はあるものの、オフィーリアは笑み崩れた顔をそのままにクラウドを膝に載せて抱きしめた。ふわふわの金髪が少しくすぐったい。

「かーわいいなあ、天使君は」
「……うるさい」

動けなくなり、オフィーリアの肩口に顔を埋めるクラウドの耳は真っ赤だった。白い貝殻みたいな耳が紅潮しているのがまた愛らしくて、オフィーリアはまたからからと笑った。
腕の中の体温がとても心地よい。抱き枕としては最高だと思った。

「……今日」
「んー?」

こっそり指を振って暖炉の火を弱め、クラウドが大人しいのを良いことに子供体温で暖を取る。戦闘で少なかれ高ぶっていた気持ちが少しずつ穏やかになっていく。ふわふわの金髪にはきっとアニマルセラピーのような効果があるに違いない。

「今日も、山に行ってたのか?」
「山? あー山ね。行ってた行ってた」

寧ろオフィーリアが買い物以外で外に出るとしたらそれくらいなものである。出不精というわけではないのだが、何となくあまりアクティブに動き回りたくない心境なのだ、今は。
「身体が鈍っちゃうからねー」と言うのは殆ど建前で、実際は本当にただの『お小遣い稼ぎ』と『暇潰し』だ。しかし子供にそんな根も葉もない本音を言うのは躊躇われたので、一応一番マシっぽい理由だけを口にする。嘘はついていない。一応。

「……」

もぞり、と頭を動かしたクラウドの身体がほんの僅かに緊張したのを感じ取り、オフィーリアははてと首を傾げた。なるべく身体を動かさないように首を巡らせ、天使のような少年が見つめる先を見やった。

(あー……)

そういえば、今日はまだ外して無かったな。クラウドの視線の先――腰に下げっぱなしだった得物の重みを思い出し、オフィーリアは苦笑とともに肩を竦めた。

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