かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 01

何の変哲も無い一日で終わる筈だった。あのときまでは。

『世紀の大発明でおじゃる! 協力するでおじゃる!』

やけに甲高い声で部屋に飛び込んできた、やたらと背の低い初老の男。間抜けな語尾と裏腹に爛々と光る目が不気味だったが、追い出す権限はオフィーリアになかった。

『今度は何? また変なこと思いついたの?』

と、質問してみるものの、オフィーリアの問いに男――オダインがまともに答えたことなど無い。『早くラボに来るでおじゃる!』と叫び、一緒に着いてきていた兵士にオフィーリアを『連行』させにかかった。
面倒臭そうに立ち上がったオフィーリアは、面倒臭そうにするだけで抵抗はしない。

『此処に座るでおじゃる』

連れてこられたラボの一室に、見慣れない機器が鎮座していた。

『魔力をそのままエネルギーに変換するでおじゃる。リラックスしていて良いでおじゃる』

こんなごてごての研究機器に繋がれてリラックスも何もあるのだろうか。そうは思うものの、命の危険は多分ないだろう。そう思ってオフィーリアは素直に全身の力を抜いた。長年の、というには短いものの、何度かの濃い経験で、オフィーリアはこの科学者の頭脳にだけは信頼を置いていた。
それが少しばかり過多なものだったと思い知ったのは、その僅か数分後だったのだけれど。

「……やな夢見た」

既に傷痕もない脇腹をそっと撫でて、溜息をつく。一日の出だしとしては、あまり宜しくないなと小さくぼやいた。

 † † †

オフィーリアの一日は、大体いつも同じように始まって同じように終わる。
朝起きて身支度を調える。朝ご飯は食べる習慣がないので、コーヒーだけ。そのままキッチンに行って、お菓子のストックを作る。
この間はスコーンで、その前はマフィンだった。たまには水気のあるお菓子がいいなと、今日はプリンを作ることにする。日持ちするお菓子ではないが、多めに作ってまたあの天使のような少年に持って帰って貰おう。ティファが遊びに来るなら、彼女にも一個くらいは食べて欲しい。

「よっこらせ、っと」

オーブンで焼いたプリンの器を、取り敢えず室温で冷ます。冷蔵庫に入れるのはもう少し経ってからの方が良い。オフィーリアは軽く髪をくくっていた紐をほどき、こきりと自らの肩を鳴らした。

「さて」

次に取りかかるのは得物の手入れ。
オフィーリアが得意とするのは魔法を主に魔法による遠距離攻撃だが、魔法だけで必ずどうにかなる保証はいつでも何処でも無い。世の中には魔法の効かないモンスターもいれば、呪文を唱える隙も与えず斬りかかってくる人間もいるからだ。

「んー、ピカピカ! さっすが私」

きちんと磨き上げた、鏡のように美しいそれに自らの顔を映す。出来映えに満足して一つ頷いた。鞘に収め、腰のベルトに引っかける。

「行きますか」

肩を何回か回し、屈伸して軽く身体全体をほぐす。足首をくるくる回して関節を柔らかくして外に出れば、ひんやりした空気にきりりと身が引き締まる。風に遊ぼうとする髪を耳にかけ、オフィーリアはゆっくりとその脚を山道へと向けた。

「How many miles to Babylon?
Threescore miles and ten.」

ふんふんと機嫌良く鼻歌を歌いながら、岩肌が露出してごつごつとした道を行く。殺風景で相変わらず実りを感じない風景。周囲のモンスターの神経を逆撫でするように微かな殺気を振りまきながら、ふらりふらりと機嫌良く歩く。

「Can I get there by candle-light?
Yes, and ba――……おっと、こんにちは?」

自分のものとは違う呼吸、足音、気配……殺気。やがてオフィーリアの前に現れたモンスターは、この村に居着いてからようやく見慣れてきたものだ。……もっとも、「見慣れた」というより「見飽きた」という方が正しい気もするが。

「こいつ等落とすアイテムけっちいんだよねー」

物凄く不貞不貞しいことを呟きながらも、取り敢えず逃げるという選択肢は無い。何故ならこれはオフィーリアにとって生活費を調達するための重要な戦闘だからだ。あとは一応、腕が鈍らないための自主鍛錬という意味合いも籠もっているが。

「ファイラ」

オフィーリアは剣が使える。だが剣での戦闘はあまり好まない。理由は単純に魔法の方が得意だし手っ取り早いからだ。
だからまず狙うのは、強烈な魔法の一撃による先手必勝。それによって取りこぼしや小回りの利く敵が現れたときに、オフィーリアは初めて剣を本当に使う。
今し方放った中級炎属性魔法を上手い具合に避けた敵を、銀色の刃が綺麗に両断した。体液の噴き出す断面はつるりと美しい。

「ハイポーションげっとだぜー」

しかしそれが見えるのもほんの数秒で、モンスターは死体を残さず塵と成って消える。オフィーリアは残されたギル硬貨と薬の入った瓶を拾いあげ、また先へと進む。まだ時々襲ってくるモンスターを吹っ飛ばし、切り捨てながら。
吊り橋を渡り、明らかに人工物の混ざってきた道を少し西寄りに進むと、鉄の塊みたいな無機質で冷たい建物が見えてくる。――魔晄炉、という施設なのだそうだ。

(なんだろーね。いつ見ても不気味ってゆーかね。エスタの街のがもっとマシな感じ)

魔晄炉は基本的に無人だがきちんと稼動はしており、ここでくみ上げられ加工される『魔晄エネルギー』によって、ニブルヘイムには電気や燃料といった生活に必要なインフラがまかなわれているのだそうだ。
この『魔晄』、兎に角低コスト・低リスク、環境汚染も心配なし、そのくせ莫大な力を生み出せる夢のエネルギー源だそうで、数十年前に発見されて以来あっという間に世界中に広まったのだそうだ。

「うらやましーよね、ホント。うちにもそんなんあればいーのに」

そしてこの田舎町ニブルヘイムにも魔晄炉が建設されて以来、時折山から降りてきていたモンスターが殆ど見かけられなくなったそうだ。何でも魔晄というエネルギーはモンスターを引きつける性質があるようで、村に来ていた分が魔晄炉の方に行ってしまったらしい。それで管理は大丈夫なのかとオフィーリアは他人事ながら心配したのだが、まあ人里からこれだけ離れていれば何かあっても被害は少ないだろう。

「おっ」

このまま魔晄炉の中に入ろうとしたオフィーリアだったが、脳内に映り込んできた『借り家』のヴィジョンにその脚を止める。
自分が創り出した仮初めの亜空間。そこに入ってきた『生き物』。

「かーえろ」

小さく転移魔法を唱えて、パチン、と音を立てて姿を消す。お小遣い稼ぎと運動不足解消がメイン目的の『鍛錬』は、毎度案外こんな感じであっけなく終わってしまうのだ。

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