かなしき人よ、どうか手を | ナノ
▼ 07

一度緊張が解けると、ティファはとても良く笑い、良く話した。自分のことは勿論、いつも一緒にいる友達のこと(驚いたことに、彼女とクラウドは普段あまり喋ったりしないらしい)、優しいけれど少し親バカな父親のこと、死んでしまった母のことも少し。
オフィーリアはその一つ一つに相槌を打ち、「天使君は?」「クラウド君は?」と極々自然な流れでクラウドにも話を振った。するとクラウドも少し遠慮がちにだが喋り出すので、自然とティファとクラウドとの間にやりとりが増えた。

「クラウド、何だか今日は良く喋るね」

と、驚いた風情のティファに

「……そんなつもり無いけど」

クラウドは何処か照れたような、或いはふて腐れたような顔をした。狭い村なのに、彼らは本当に普段あまり交流を持っていないのだなと、驚かざるを得なかった。

「天使君はもともと結構喋るよねー」

そんな二人の幼くも甘酸っぱいそんな光景を、オフィーリアは――時々余計な口を挟みながらも――にこにこと見守った。懐かしいような、郷愁にも似たものが去来して、何だか酷く優しい気持ちになっていた。

 † † †

「はい、お土産」

余ったスコーンを小さな籠(ニブルヘイムのよろず屋で売っていたものだ)に盛ってクラウドに渡す。

「お母さんと二人でどうぞ。この間のシチュー美味しかったですって伝えてくれる?」
「分かった」
「ありがと天使君、よろしくね」

何度か顔を合わせたことがある彼女の母は、村の人間には珍しくオフィーリアの存在を好意的に捉えているようで、一人息子がこの小屋に顔を出すことに嫌な顔をしない。オフィーリアが小屋を『間借り』して間もないうちにわざわざ訪ねてきて、息子と村長の娘を連れ帰ってきたことに随分懇ろに礼を言われたものだった。

「ティファちゃんは――持ってかない方がいいね、うん」

しかしそれはあくまで例外。村の者達はその殆どが『余所者』に良い顔をしない。売り上げが多少増えるという理由で商店を営んでいる者達は多少喜んでいるようだが、所詮その程度だ。それについて、オフィーリアに彼らを責める気は毛頭無い。

「そんな顔しないでいいんだよ、ティファちゃん。また良かったら食べに来て。いつでもあるわけじゃないけど、お菓子作るのは凄く好きなんだ」

よしよしと彼女の真っ直ぐな黒髪を撫でる。黒髪とはいっても、墨色と言って差し支えのないオフィーリアと違い、少し茶色が混じった明るい黒だ。艶があって流れるように美しい。指通りも素晴らしかった。

「それじゃあ、気をつけてお帰り」

もう暗くなってきたからね。そう続けて小屋の扉を開けてやれば、クラウドは躊躇いなく外に出ていく。ティファもその後に続いた。本当は送っていってやりたいが、クラウドはまだしもティファがオフィーリアと連れだって歩くのは望ましくなかった。
二人の姿が見えなくなるまで見送ってから、音を立てて扉を閉める。外界と亜空間が隔絶した、その瞬間、

『相変わらず、子供と獣を誑かすのが上手いな』

まるで見計らったかのように、頭の中に直接響く声。

「うるさいなあ。誑かすって何、誑かすって」

心外だ、と言わんばかりの声だけは出すものの、オフィーリアは苦笑しかしない。ゆらり、と陽炎にしては不自然に空間が歪み、部屋の真ん中に一人の男性が現れた。

『誑かしてんだろ。嫌だねえ、あーんなイタイケな少年少女をさあ』

年の頃は二十代半ば、といったところか。襟足には届かない程度の青みがかかった黒髪に、猫のような金色の瞳をしている。白磁の肌に高い鼻梁、繊細な造りのやや中性的な美貌だが、浮かべている笑みは酷く皮肉っぽい。服装は濃い紫色のローブ姿で、一見すると物語に出てくる賢者か魔道士のようだ。

「別に悪いこと吹き込んだり悪い遊びさせてる訳じゃないしー。私が話し相手になって貰ってるだけだしー」
『お前と喋るって時点で相当悪影響だろ、自覚しろよ若作りババア』
「年取らないだけですー。長生きしてるだけー」
『実年齢がババアならババアだろ』

美しい見た目からは想像が難しい口の悪さで、オフィーリアを詰る男は妙に楽しそうだ。しかしオフィーリアもオフィーリアで、この男の悪口にいちいち腹を立てたりはしない。「はいはいどうせババアですよーだ」とひらひら手を振り、どっこらしょ、と椅子に腰掛けた。

『やっぱババアだな』

と、愉快そうに唇を歪める青年の頭を叩く。が、その手はするりと青年の頭をすり抜け、そのまま空を掻いた。

『ざーんねん。ババアは学習しないねー』
「物忘れ激しいからねー、誰かさんのせいで」

空振りした手でそのまま残ったスコーンを掴み、口に入れる。ほのかな甘みと丁度よい硬さ。うん、美味しい。自らの出来映えに納得しつつ、もう片方の手でポケットに入れっぱなしの端末を取りだした。

「……今日も駄目かあ」

着信履歴も、メールも無し。それどころか電波も圏外。溜息をつきつつ再びそれをポケットに入れる。

「オダイン博士の特製なのになあ」

天才科学者オダイン。人格的には大変問題がある人物だが、彼の開発したアイテムシリーズ――通称『オダイングッズ』は大変画期的且つ革新的なものばかりだ。彼が手を加えたオフィーリアの端末は、まず電池の代わりに魔力を使う。そして電波の通り具合も従来の比ではなく、発信器の機能もついている。勿論、発信器は向こうがオフィーリアが何処にいるか把握するための首輪なのだが、これについてオフィーリアが不満を訴えたことはない。

『あのチビジジイのお陰で腹に穴まで空いたのにな、お前』
「まーね。オマケに『落ちた』場所無人だし、そのくせ有モンスターだったし」

綺麗な場所だったのにねえ。人が住んでた形跡もあったけど、住んでた人は何処に行っちゃったのかなあ。独りごちたオフィーリアに、青年は『知るかよ』とにべもない答えを返す。オフィーリアもまともな返答は期待していなかったので、「だよねえ」と暢気に返すだけだった。

「ていうか、用事無いならそろそろ引っ込んでよ、ロキ。私だってMPは無限じゃないんだから」
『へーへー、分かりましたよ』

面倒臭そうな生返事とともに肩を竦め、青年――ロキはそこからかき消える。本当に何をしに出てきたんだか。オフィーリアは少し伸びてきた髪を耳にかけ、はー、と深い溜息を吐いたのだった。

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