まだ少し肌寒い3月に、天気がいいからと誘われるがまま屋上で昼飯を食べていると、ノミ蟲の態度がおかしいことに気がついた。なんだかそわそわしてるように感じる。

「寒いのか?」

そう思って気遣ってみたのに、違うよバカ全然寒くなんかないし。見当違いもいいとこ。それより死んでよこの鈍感男!俺はニ週間前からいろいろ準備したっていうのにもうなんなの。忘れてるとか信じられない。これだからシズちゃんはモテないんだよ。俺から言うなんて絶対やだから。気づけバカ、じゃなかったらほんとにとっとと死んで!!などと不愉快な単語と一緒に捲くし立てられた。ってか、なんで二回もバカって言われなきゃならねーんだ。モテねーとかとんだお世話だ。
うぜぇ。

「ああ?何が言いてぇんだ。意味わかんねー」

「!!っとに、も……やだ」

するとなぜか、みるみる涙ぐむノミ蟲に驚くのと同時に俺が何かしたのかと頭の中で考えを巡らすも、一向にわからない。マジでなんなんだ。くそ、泣くなよ。手前の泣き顔には弱えーんだよ。

内心あせって、おろおろしていると風がびゅうっと吹いて、食べ終えたパンの袋をかっさらった。

「あ」

空の袋はフェンスに張り付いてかろうじて屋上に留まった。いじけているように見える臨也を残して、フェンスに引っ付いているパンの袋を取りに行くと、校舎のわきで何かを話している男女が目に入った。男のほうが照れながら、白とブルーで包装されたプレゼントのようなものを手渡す。受け取った女は、真っ赤になりながらもうれしそうにそのプレゼントをぎゅっと握り締めていた。

「ああ!?」

――男がプレゼントを女に渡す。あんな人気のない場所でお互い真っ赤になりながら……ふとその行為がなんなのか思い当たって、ポケットに入ったケータイを取り出して日付を確認する。

『3月14日』

……やべぇ

すっぽり忘れていた。

これか、あのノミ蟲のいじけっぷりは……俺も一週間前にはちゃんと覚えていた。ちょうどコンビニに行けば、一番最初に目に付く場所にホワイトデーコーナーがあっていろんな種類のクッキーやアメが入った箱がきれいに包装されて置かれていた。それを見て、ああ、そうだ。ノミ蟲にバレンタインデーにもらったから、俺も返さねーとなって思って、どんなのが喜ぶだろうとか考えていたら、あいつがくれたチョコは本当にうまかったなとか……どうやら手作りらしいのがすげぇうれしかったとか思い出してるうちに普通にイチゴ牛乳買って出てきたんだ。

……やべぇ

たらりと冷や汗がでる感覚をよそに、臨也を盗み見ると黙々と弁当を食べている。こちらからは後姿になるから、その表情は見えない……怒ってんだろうな……
先ほど言われた言葉を今になってやっと理解した。本当に俺はバカで、モテねーはずだよな。っつか、二週間前から準備してくれてたとかなんだよ、すげーかわいいじゃねーか!!それに比べて俺は!!自分の不甲斐なさに腹を立てていると、ずっとフェンスの方にいた俺にノミ蟲が振り返った。

「どうしたの?まだサンドイッチあるじゃん。食べないの?」

「いざ……」

眉毛を八の字にして、いつもより元気のない臨也に胸がきゅっと締め付けられた。何か渡せるものはなかったかと考えるも、アメやクッキーはあいにく持ち合わせていない。今から購買に走っても、売っているのはガムくらいで、そもそも包装などされていないから渡すのも忍びない。申し訳なくなって、素直に忘れていたことを詫びようと決意する。

「臨也……」

「何?」

ぱくんと玉子焼きを食べて箸を口元に当てたまま、きょとんと臨也が俺を見た。息を吸い込んで素直に謝罪の言葉を口にする。

「ごめん……マジでごめん。忘れてた、今日がホワイトデーだって……。だから、何も用意してねぇ」

「………」

また罵倒されるだろうと構えていたのに、沈黙が流れた。なんだ、このプレッシャーは。そうとう怒ってんのか。どうすればいい?午後の授業さぼってコンビニまで買いに行くか?でも、忘れたあげくにコンビニのものなんてバカな俺でさえデリカシーに欠けるとわかる。
ぐるぐる考えていると臨也が沈黙を破った。

「ふーん、今思い出したんだ……まあ、シズちゃんらしいよね……うん、全然期待なんかしてなかったから気にしないで。俺はちゃんと手作りでがんばったりなんかしちゃったけど、ほんと気にしなくていいから。でも、来年からは俺らの間にバレンタインとか甘ったるいイベントはないからそのつもりでね」

「な!」

臨也の言葉にショックをうける。全部俺が忘れたのが悪いのだが、甘くておいしいあのチョコが今後もうもらえないと思うとかなり悲しい。

「忘れるくらいだもん。なくていいでしょ?」

あああ最悪だ。やばいくらい怒っている。どうしたらいいか解決策が見つからなくて、とっさに口から出たのは「俺を殴れ」などという言葉だった。

「は?」

「いや、忘れた俺が全面的にわりぃし、気の済むまで殴ってくれてかまわねーから、来年からなしとか言うなよ……」

自分でもノミ蟲に殴られるなんて、心底嫌でしょうがないが詫びる気持ちを伝えるにはそれしか考えつかなかった。

「へぇ、シズちゃん殴らせてくれるんだ?何発でもいいの?」

「お、おお」

臨也は俺の提案にのってきた。ニヤリといつものムカつく笑みを浮かべている。しかも、何発も殴る気らしい。確かに、俺は人より頑丈で殴る蹴るじゃ大したダメージは受けないが、無抵抗のままノミ蟲に殴られるのはなんかこう精神的にきつい。……が、今回ばかりはそれも甘んじて受けようと思う。臨也がすっと俺の目の前にきて、殴られるのを覚悟して俺は目を閉じた。

「いくよ」

臨也の声にこいつは何発殴る気だろうと考えながら身構えていると、むにゅっと頬に軽い痛みが生じる。両頬を思いっきり引っ張られているんだとわかって咄嗟に目を開ければ、どアップで臨也の顔があった。



ちゅ


「!?」

キスされたことに驚いて目を見開いていると、臨也の顔はまたゆっくりと遠ざかっていった。

「シズちゃんなんか、殴ったってこっちの手が痛いだけじゃん。仕方ないから、これでお返しってことにしてあげるよ。かなりムカつくけど」

そう言ってそっぽを向いた臨也がかわいくて。今度は俺からキスをする。
ちゅ、ちゅと軽い口づけをして、これじゃまた俺のほうがプレゼントをもらってるみてーだなとぼんやり考えた。それもチョコなんかよりずっと甘いやつを。

「ちょ、シズちゃ……」

「臨也……すげぇ好きだ。贈るモンがねーから、こんなんでわりぃけど……好きだ。好きなんだ」

愛しい存在にたまらなくなって、抱きしめる。普段は言わない言葉を贈られて、臨也は真っ赤になっていた。



ハッピーホワイトデー




形はないけど、俺の気持ちを君に。



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