―――――信じられない。

そう思うと眉間にしわがよって自然と不機嫌な顔になった。目の前にはその矛先となる人物、シズちゃんが座っていて、原因となった先ほど渡されたばかりの薄めの箱をぐっと握りしめる。
それはホワイトデーにふさわしくきれいに包装された、たぶん中身はクッキーかキャンディかと思われるもので、この時期デパートのイベント売り場で大量に売り出されているものだと簡単にわかった。別に、俺がバレンタインデーに手作りチョコをがんばって作ったから、お返しも手の込んだものがほしいというわけじゃない。シズちゃんなんかに手作りとか全然期待してないし、ホワイトデーを忘れずに、きっと恥ずかしかっただろうに、きちんとデパートで買ってきて渡してくれたことは賞賛に値するくらい。
でもさ、でもね……
俺は見てたんだ。これと全く同じものをシズちゃんの仕事の後輩であるヴァローナにも渡してるところを。
バレンタインの当日一足先に仕事を終えた俺は、シズちゃんの部屋で帰りを待っていたから、ヴァローナからチョコを貰ったのは知ってる。あきらかに義理チョコだとわかる市販品に、俺だって嫉妬なんかわかなかったし、チョコ好きのシズちゃんによかったねと言ったぐらいだ。それなのに……お返しが俺と仕事の後輩が一緒ってどういうこと?
もっとわかりやすく言えば、本命と義理が同じっておかしくない?
箱の大きさ、ラッピング、(たぶん)値段も一緒だと思うんだよねコレ。
あ り え な い
普通、差別化するだろうが!!義理と本命ではチョコの重さは違うのに。俺が渡した手作りチョコを、ヴァローナがくれた市販品より全然うめぇ、すげーうれしいとか言って食ってたよね?なのに、お返し一緒って……。そのまま受け取めれば、俺とヴァローナに対する思いは一緒ってことですけど?じゃあ、俺のことも、仕事の後輩レベルとしか思ってないのか、ヴァローナにも好きという感情があるのか、どっちだって話だよ。

「おい」

ああ、もしかして、俺二股かけられてたとか?シズちゃんにそんな甲斐性があったなんてびっくり。ほんといつも予想を裏切ってくれるよねシズちゃんは。だまされてたなんて気づかなかったよ。はは、俺と付き合ってから恋愛スキル上がっちゃった?もしくは、女のほうがよくなっちゃって乗り換えるつもりで……

「おい!!」

嫌な考えに行き着いて、頭が真っ白になる。少し楽しみにしていたホワイトデーにこんなことに気づかされるなんて本当にさいあ……

「おいって!!」

ぐいっと腕を引っ張られて、現実に引き戻された。そうだ、シズちゃんと喫茶店でお茶してたんだと思い出す。俺の腕を掴んでた手を離したシズちゃんが浮かしていた腰を椅子に下ろした。

「悪かった」

「は?」

唐突に謝られて、意味がわからない。あ、もしかして俺振られるの?そうだよね、義理チョコと同じだもんね。俺があげた手作りチョコは……

「ちがう!!振らねーし、手前からもらったチョコはすげぇうれしかった!二股とか乗り換えるとか絶対ねぇから、変なこと考えるのやめろ」

「え!?」

シズちゃんに俺が考えてたことを言い当てられて驚く。シズちゃんてこんな鋭かっ……

「ちょい待て。お前、さっきっから全部口に出してっから。不満な理由がわかったから、俺はこうして謝ってんだろうが。もう機嫌とその妄想直せよ」

「!!」

嘘!?俺今まで口に出してたの?指摘されて急激に恥ずかしくなった。

「な……早くおしえてよ!なんで黙ったまま聞いてるわけ!?」

「いや、止める間もなくべらべら話し出したんじゃねーか!!っつか、不満なら普通に言えよ。俺はそういうの鈍いから言われねぇとわかんねーし。言われれば、確かに、同じモンじゃ嫌だったよな。わりぃ」

素直に謝ってくれたシズちゃんは、おもむろに自分のケータイを取り出してどこかに電話をかけた。そして、電話に出たであろう相手とのやり取りを聞いて、俺は再び驚いた。

「あ、ヴァローナか?今平気か?あのさ今日俺が渡したヤツ、もう開けちまったか?……そうか、んじゃ悪いんだけど、それやっぱ返してもらっていいか?……ああ、間違えて渡しちまったみてー。……おう、わりぃ。じゃあ、明日よろしくな」

ピ、と通話終了ボタンを押して、シズちゃんはケータイをしまった。

「っつーわけだから。ヴァローナには明日昼飯でもおごって……おい、なんで泣いてんだ!?」

冷静な態度だったシズちゃんが俺を見ておろおろと慌てだす。え?泣いてるってなに?俺が?不思議に思って自分の頬に手をやれば、つたう水滴に触れた。

「うう、だってシズちゃんいつからそんなことスマートにできるようになったの……」

たぶんこれは嬉し涙だ。だって、まさか、一度プレゼントしたものを躊躇なく返してほしいなんて、そんなかっこ悪いこと俺には出来ない。

「かっこ悪くて悪かったな」

あ、また声に出していたらしい。

「ちが……うよ。俺が嫌がったのわかってくれて、ちゃんと態度で示してくれたのがうれしか……っ……」

ぽろぽろと涙があふれた。なんだこれ。俺のほうがすごいかっこ悪いじゃんか。

「……だってよ……今日は男が誠意をみせる日、だろ?」

そう言いながら、店の紙ナフキンを手渡してきたシズちゃんは少し照れていて不覚にも胸がときめいた。

もう……ほんとに恋愛スキルあがってるね、シズちゃん。
でも、それは俺以外に使わないで。

心で思っただけだと思った願いに、

「おう」

と、返事がされて目が丸くなった。
はは、どうやらまた声に出してたようだ。


ハッピーホワイトデー!


(自分は特別なんだと気づかせてくれた日。)




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