「ふ……ぁっ んっ 」

早急に動く大きな手が臨也の服をめくり上げ、そこから覗いた胸の突起に舌を這わせる。舐めて、吸って、舌先で突付いて。甘い声が聞こえてくるのと同時に、そこも硬さをましてゆく。


「ちょっ…! し…ず…ちゃあ… がっつき…す、ぎぃっ」

臨也が自分の胸元にある静雄の頭を抑え、その動きを停止するよう求めるが、聞き入れられるはずもなく。さらには左胸から横に移動され、もう片方の突起もべろんと舐められた。

「るせーな。俺だって手前に散々、吸わしてやっただろうが。ってことは俺にも吸う権利があるってことだよなぁ?吸血鬼の臨也くんよぅ」

どんな理屈だ、といつものごとく無茶苦茶な持論を展開する静雄に臨也は脱力した。
…確かに静雄の言う通り、さっきまでは臨也のほうが”がっついて”いた。
この一週間、クライアントから請けた仕事の量がハンパなく、平行して他の仕事もこなさなければならなかったために、自宅兼オフィスであるここから外出するのは難しかったのである。

別に外にでなくても普通なら特に問題はない。食事は秘書の波江に買ってきてもらえばこと足りるし、必要なものがあればネット通販を使えばいい。現代社会はかくも人間が一歩も外に出ることなく生けているように進化したのである。
そう、人間にとっては―――。

ヴァンパイアの臨也にとって最も重要で必要なもの―『人間の血』―は吸血衝動に目覚めた17歳の誕生日からなくてはならないものになった。


*   *   *


「臨也がヴァンパイアぁ!?」

昼食をとるために来ていた屋上で新羅の声が響いた。暖かい日差しの中、絶好のお弁当スポットである屋上は臨也と新羅以外人はいない。そもそも、ここは立ち入り禁止で一般の生徒は足を踏み入れない。

「そうなんだよ。隔世遺伝てヤツ?忘れ去られてたころに俺が受け継いじゃったわけ」

ドューユーアンダースタン?と大げさに両手を広げ、臨也はおどけて見せた。
もともとの性格からして普通の人間とは若干違っていたが、まさか小説や映画に今でもなお題材に取り上げられるポピュラーな怪物、ヴァンパイアだったとは驚きだ。
そして、初対面のときに見入ったルビーのような紅い瞳に納得がいった。

「伝説上の化物……か。興味をそそられるね。どうだい僕に解剖…」

「激しくお断りするよ」

と瞬時に断られ、新羅は目の前にいる伝説上の化け物から今は自宅でくつろいでいるであろう愛しのデュラハンを思い出していた。
セルティも西洋の妖精の類だし、臨也も大元はあちらの血族なのだろう。
前にセルティが記憶が欠落していて曖昧ではあったが、懐かしそうに故郷である北欧の美しい森や輝く湖のことを語ってくれた。話しているうちにホームシックになったのか、彼女は泣いてしまったけど(首がないから泣くなんてできないけど僕にはそう感じた)いつか、連れて行ってあげたいってその時僕は強く思ったんだ。――ってあれ?

「しんらーー!俺の話、聞 い て るっ?」

「ごめん。聞いてない」

目の前にずいっと現れた学ラン服の青年を見てここが学校の屋上だったことを思い出す。
新羅は愛しき人への想いを今だけ心の奥に潜めて、目の前で頬を膨らませる友人の相談の続きを聞くことにした。

「で、ヴァンパイアで吸血鬼な臨也くんは人間の血が飲みたくなりましたってわけ?」

「話聞いてなかったんじゃないのかよ!」

「うん。聞いてなかったよ。僕の愛しい人に想いを馳せてたからね!まぁ、ヴァンパイアで悩むことといえばそれが王道でしょ」

通常ならかなり驚く事実を伝えたつもりだが、平然と、そして妙に納得したような態度に脱力する。ただ、この級友は闇医者志望だけあって頭の回転が速く会話がスムーズに進むから楽だ。

(どっかの単純怪力馬鹿とは違うねー。っていうか、そもそもシズちゃんとは会話が成り立たないしね)

今度は自分のほうが脱線しているのに気づいて、臨也は新羅に話しかけた。

「で、なんとかならない?」

「人間の生き血をかい?うーん、結論から言えば、ノーだ。僕が闇医者志望なのは知ってるよね?っていうか、だから相談したんだろうけど、手術に使う輸血用血液は用意できる。君にあげてもいいけど、僕が手に入れられるのもそんなに数があるわけじゃない。僕のクランケが出血多量で運ばれてきたら、そちらを優先させてもらうから安定した量を供給できないんだ」

君はこれから先ずっと、いるんだろう?そう問いかけながら少し心配そうな顔をして新羅は腕を組んだ。新羅からの予想通りの返答を聞いて、ああ、やっぱりだめだったかと落胆する。今でさえ平静を装ってはいるものの、血を飲みたい衝動が尽きることなく湧き上がってくる。そろそろ、限界も近そうだ―――――。リミットを越え、この本能のままに動いたらどうなるだろう…と少しの好奇心を収めて、真剣に考える。すると、顎に手を付き、うーん。と考え込んでいた新羅がぼそっとつぶやいた。

「飲めばいいんじゃない?人間の生き血」

「はあ?だれの!?どうやって??伝説のように夜な夜な忍び込んで生娘の血をいただいちゃうわけ?ひどく非効率的だね!!」

新羅の提案を即座に否定する。そんなことはすでに考えた。でも、この現代社会で忍び込むのは不可能ではないにしろ骨が折れるし、見ず知らずの女の血なんて飲みたくない。
人間の生き血を飲んだことがないから、だれのが旨いとか知らないけど教室にいるような女子高生の血は自分の口には合わないことはわかる。重要なのは純潔、とかじゃなくて生命力が強く、まぁできれば純粋な人間の血……

「うん。いるじゃないか、適任が!!多分大丈夫だろう。あいつはこの前も大怪我してかなりの出血があったのに翌日にはケロッとしてたし。こっちは心配したっていうのにねぇ…まったく……」

ぶつぶつと新羅がひとりで頷いている。

「え?なに勝手に解決した顔して…」

臨也が新羅に問いただそうとしたそのとき―――――

バァァァァァァァン!!!!
大きな音とともに金髪の青年が現れた。勢いがよすぎたのが、ドアは真ん中がひどくひしゃげていた。

「いーざーやーー!!テメぇ、何屋上で休憩なんかしてやがんだ、あぁ!?」

「あらま、シズちゃん。おはよう?今日は欠席じゃなかったの?」

同じクラスで犬猿の仲でもある平和島静雄とは今日始めて顔を合わせた。キレなければ真面目な彼にしては遅刻はめずらしい。

「っざけんな!!また何かあいつらに吹きこんだんだろうが!!面倒くせえことさせやがってよぉぉおおお」

話が端的すぎる。かなり端折られてるから、もう一度詳しく話してほしいところだが朝から乱闘して、全身ほこりまみれでプッツンと切れてしまっている静雄とは会話が成立しないことを臨也は重々知っている。さらに言えば、切れている原因も心当たりがあった。

「ああ、西高のやつら?懲りずにまたシズちゃんに喧嘩ふっかけに行ったんだ?しかも朝からってご苦労様だねーwwwシズちゃんに勝つ方法はないかって聞いてきたから、情報あげたんだよ、これでね」

と言いながら、右手で”3”の形をつくった。それは、情報を三万で売ったということで。理解した静雄はさらに切れる。

「そうか、人生最後にいい思い出つくれてよかったなぁああ、クソノミ蟲!!」

バキィイイ、ビュンッッッと簡単に屋上の扉をはずし、臨也めがけて投げつけた。

「あっぶないなー」

臨也は寸でのところで飛んできた金属の扉をかわし、揚々と話し出した。

「シズちゃん疲れてるんでしょ?あいつらと追いかけっこして!俺があいつらにおしえたシズちゃん必勝法は、『逃げて勝て!』だからね。喧嘩を仕掛ける。とどめを刺されそうになったら、とにかく逃げてシズちゃんを走らせる。自分たちはグループに分かれておいて替わりばんこに相手をすれば疲れない。これは、シズちゃんの逃げるものを追ってしまう悲しいわんこ的習性をうまく利用しるわけ。シズちゃんの体力を存分に削って最後に袋叩きにすれば、さすがのシズちゃんも倒れるってシナリオだったんだけど、うーんダメだったみたいだねぇ」

ぴきぴきぴき、と今にも音が聞こえそうなくらい静雄の血管が浮き出る。
毎度毎度、臨也のやり方には反吐がでる。自分の手は使わず、おいしいところを持っていっては高みの見物。絶対に殺す!!!!と何度目になるかわからない決意をして、臨也に拳を振り上げた。

ひゅんっと猛スピードで風を切る拳を鼻先でよけた臨也は、甘く惹かれる匂いに気づいた。なんだこのにおい……

電気が走ったようなしびれる感覚。静雄と対面して忘れていた本能が疼く。旨そうな『血』のにおい!!まだ、口にしていないのに脳内がとろけそうだ。この血を飲んだらどんなに至福のときを得られるだろう。臨也はうっとりと静雄を見つめていた。静雄は朝から不本意な喧嘩に振り回され、ところどころに浅い傷を作り出血していた。

「? なんだテメーきもちわりぃなっ…」

ぐっ!!臨也から羨望のまなざしで見られ、困惑しながら胸ぐらを掴む。そこへ今まで成り行きを見守っているだけだった新羅が口を開いた。

「グッドタイミングだね!!静雄!!」

「はぁ?なにがだ、しん、―――――!!!!!!???」

ら、と振り向いた瞬間臨也が静雄の首に噛み付いた。いつの間にか生えていた臨也の鋭い牙が普段はナイフも刺さらないその皮膚に深く食い込んでいた―――。



- ナノ -