「お…い… は…ァ ま…だ…かよっ!」

静雄は自分の首元に顔をうずめる臨也に吐息まじりに問いかけた。いつもなら顔を合わせれば瞬時にケンカをはじめる二人がありえないほど密着した体勢でいる。場所は臨也の家。しかも、寝室のベッドの上で。

「ん。ごめん、もう少し。俺ずっと仕事で缶詰状態だったの知ってるでしょ。まだ足りないから…」

ね、いいでしょ?そう言って臨也は顔をあげて静雄を正面から見る。臨也が静雄の上に跨っている体勢で自身の両腕を静雄の首にまわす。その唇は赤く染まって、中には鋭い2本の牙が覗いている。静雄は不本意ながらも、その姿にドキリとした。肌の色は透けるように白く、髪はつややかな漆黒。少しつりあがった双眸をうっすらと開けた姿はとても妖艶だ。



折原臨也はヴァンパイアだった。



その証拠に瞳の色が赤い。血族はとうに人の交わりを経て途絶えているに等しく臨也の両親や祖父母もなんら普通の人間と変わらなかった。所謂、隔世遺伝によって臨也はヴァンパイアとしての特性を受け継いだのである。さらに驚くことに彼の双子の妹たちもまた同じような赤い瞳をもって生まれた。とうに忘れ去られていた血の制約。薄まった血は特に支障をきたすようなことはなく、強いていえば冬でも直射日光が苦手ぐらいで臨也はその他大勢の人間と変わらずに成長することができた。





―――――17歳の誕生日を迎えるまでは。


高校に入って2回目の臨也の誕生日。
目が覚めるとひどく喉が渇いていることに気づいた。冷蔵庫をあけてペットボトルに入ったミネラルウォーターを飲み干しても治まることはなく。むしろ、体中が干からびていくような感覚。幸い、学校はゴールデンウィークで休みだったから、ずっと部屋から出ることなくやり過ごした。
自分が吸血鬼、西洋で言えばヴァンパイアなのは知っている。だが今までその血が流れていることを意識するほど生活で困ったことはなかった。けど、これは――

認めたくはないが体の奥底から湧き上がる渇望。




”ああ、血が飲みたい”


「最悪」

臨也は自分の人と非なる部分を目の当たりにして、初めて自分の身を呪った。
この現代社会でどうやって、人の生き血を手に入れられる?両親に頼んで吸わせてもらうか?どれほど飲めばこの渇きが止むのかもわからないのにそんなこと頼めるわけがない。それとも、病院から輸血用血液でも盗むとか?無理に決まってる。厳重に保管されているはずで簡単に手に入らないことは容易に想像できた。
そもそも、その場しのぎではダメなのだ。
この”渇き”と自分はこの先、一生付き合っていかなければいけないことを臨也は悟っていた。

(とりあえず、明日から学校だし新羅に相談してみよう)

いまだ止むことのない喉の渇きを無視して、臨也は浅い眠りについた。




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