■シリアスver.
広いリビングの真ん中で着物に金髪といった一風変わった出で立ちの青年がぽつんと立っている。彼はただ青ざめた表情で微かに震える自身の手を呆然と眺めていた。
(ああ)
(サイケ……ごめんごめん……)
しきりに心の中で謝る彼の足元には、白いファーコートにピンクのコードがついたヘッドフォンをした青年がうつ伏せに倒れていた。
(だって)
(だって……、)
(サイケが静雄のこと好きだなんて言うから……)
(”シズちゃんのこと大好きなんだ”って、)
(俺に向かって微笑むから――)
つう、と津軽の瞳から涙がこぼれた。
カッとなってサイケに自分がしてしまったことを悔やんでも、今さら時間は戻せない。
どうして感情を抑えることが出来なかったのかと、短絡的な自分に腹が立つが、サイケの好きという感情のベクトルが、自分以外の人間に向けられるなんて耐えらるはずもなかった。
津軽が後悔とショックで自分の手のひらに視線を向けていると、ガチャリと音がしてこの家の主である臨也がリビングへ入ってきた。
「?津軽どうしたの?何ぼうっと立って……」
臨也は呆けている津軽を見やってから、足元に転がるサイケに気づくと、状況を瞬時に理解して、ただ一言呟いた。
「ああ、”また”殺しちゃったの?」
抑揚が無い声で発せられた言葉は、その意味の異様さが強調され、津軽の耳にリフレインする。
―――ああ、”また”殺しちゃったの?―――
そう……
俺は、
”また”
”サイケ”を”殺して”しまったのだ。
自分が繰り返してしまった罪に津軽が落ち込んでいると、それとは対照的な、やや呆れたように臨也がため息をついた。それはとても、めんどくさそうに。
「一回リセットするとさ、データが少しとんじゃうんだよね。再起動すると、初期からまたやり直さなきゃだし……。津軽もいい加減、もうサイケ殺しちゃだめだよ?」
もう殺してはいけない……そんなことはわかっている。これで何度目だろう。
およそ人に限りなく似せて作られた俺たちアンドロイドにとって、人間で言う『死』とはただの起動停止するだけのこと。殺すといっても、ただスイッチがONからOFFに切り替わるだけの事象に過ぎないのだ。
だから、マスターである臨也がパソコンとサイケの端末をつなげてアップロードすればまた動き出すような造作の無いこと……。
「津軽はシズちゃんを模倣して作られたから、多少あの馬鹿力も受け継いでるんだよ。サイケの首を軽く絞めただけでストップしちゃうんだから気をつけないと。特に首は人間の頚動脈と一緒で大事なコードが密集してて……」
臨也が手際よくサイケの再起動の処置を行いながら、津軽に小言を言っている間も津軽はじっと己の手を見つめていた。
(俺たちは一体何なんだろう)
(人間みたいなのに、人間とは違う)
(進化も退化もなくて、プログラムされたことしか行動できない)
(いっそ俺たちから感情のプログラムを抜いてくれればいいのに……)
それは、今回のようなことがあるたびに湧き上がる疑問と望み。サイケの言葉に傷ついたり、それで嫉妬にかられたり……。人と同じように感情があるからいけないんだ、といつもいつもわかっているのに、それでもこのプログラムを消して欲しいとは言えずにいる。なぜ?津軽は開いていた手をぎゅっと握り締めた。
―――――ヴィーン
「よし、データ転送完了」
コンピュータが起動する音と臨也の声がする方へ顔を向ければ、床にペタリと座っているサイケの前に臨也がしゃがんみこんでいた。サイケの瞳がゆっくりと開けられる。
「おはよう、サイケ。俺はマスターの臨也、わかる?」
「い……ざや……くん?あれ、俺寝てた?」
「……うん。ちょっとね。あっちの着物着たのは、津軽ね」
そう言いながら臨也は津軽を指差して、サイケの視線が向けられた。津軽の存在を認識すると、サイケはぴょこんと立ち上がり握手するように手を伸ばして、津軽にとっては見慣れた笑顔で話しかけた。
「津軽……っていうの?俺サイケ!よろしくね!」
(一体)
(これで何度目だろう)
アンドロイド同士の記憶は一度初期化されれば、デリートされてしまう。
覚えているのはマスターである臨也のことだけ。
だから。
俺は何度も何度も君と出会う。
間違えては、また最初から始めて―――
「ああ、よろしくな。サイケ」
邪魔であるはずの感情を消せないのは、もう一度君と恋に落ちたいから。
今だって、胸を締め付けるこの想いが苦しいのに手放せない。
また俺を好きになって、サイケ。
津軽はやさしく微笑むと、そっとサイケを抱き締めた。