ぎゅっと抱きしめられて、鼻に香るのは嗅ぎ慣れたタバコの臭い。
比類なき力を持つ反面、精神的に脆い部分が時折垣間見える。この人は……
なんてかわいい人だろうと、幽は顔を上げて自分にしがみつくように抱きしめる兄をじっと見つめた。
こんな状態になるのは、兄の忌み嫌う暴力を感情の赴くまま振るってしまったとき。
幼い頃からその特別な力と強靭な肉体が育つのを誰よりも近くで見てきた。
そして、そうやってどんどん人と掛け離れた存在になる自分に戸惑う、繊細な兄のことも。でも、ただ暴力を振っただけでは、わざわざ自分のマンションまできて自分に縋ってくることはない。暴力を振るった対象が、仕事である取立て相手なら彼はこんなに落ち込まない。
ぼそぼそと消え入りそうな声でつぶやくのは、ノミ蟲などという同情に値するあだ名。
「また、ノミ蟲を殴っちまった」

高校に入って喧嘩が増えると、次第に笑顔が少なくなっていった。
この力を使いたくなんかないのに、感情をうまくコントロールできない。本当は平穏に過ごしたいと願っているのに、まわりがそうさせてくれない。そんな焦燥を知る由もなく人々は彼の周りから離れていく。―――――たった一人を除いて。

オリハライザヤという名前が時折兄から聞かされた。
兄は彼に対して抑えることの出来ない感情があって、その姿を捕らえた瞬間にリミッターが外れてしまうらしい。本当はそんなことしたくはないという、本心とは裏腹に。

ひどくムカつく奴らしいけど、半殺しにしてもまたケロッと自分にちょっかいを掛けてくるという稀有な存在。
そんな人物に対して兄が特別な感情を持つのにさほど時間はかからなかった。
まぁ、だからといって殺し合うという関係に変化はなかったみたいだけど。
遠目で見たオリハライザヤは男ながらもとてもきれいな顔をしていて、赤い瞳が印象的だった。

うん。わかってるよ。本当は好きな人にはやさしく触れたいよね。あなたはやさしい人だから。それが出来なくて毎回傷ついている。不器用な兄の背中をそっと撫でてやる。
「……ざや……臨也……」
名前を呼びながら、口づけが落とされた。自分が黒髪でよかった。今度は赤いコンタクトでも買ってこようか。実の兄とキスをしながら無表情のまま幽はそんなことを考える。自分の持つ感情は誰も知ることはないだろう。そして、兄のためでも誰かの代わりになるのは本当はよくないことだとわかっている。


それでも僕は、


このやさしい人を拒めない。