■side 静


暫く前から始まった新しい関係に俺は戸惑いながらもどんどん溺れていく感覚に眩暈を覚えた。認めたくなかった感情は、体をつなぎ合わせたことでその矛先が定まってしまった。欲しかったから。ずっとずっと。

高校のときに出会ってから、ムカついて、イラついて、殺してやりたいという野蛮な感情が占めていた俺の心の隙にいつの間にか入り込んでいた、手に入れたいと思う願望。
なぜ、あいつなのか。俺の心を揺さぶる唯一の人間に湧き上がる複雑な思いに困惑する。
俺がそんな自分の気持ちに気づいても殺し合う関係が変わることもなく。あいつが池袋を離れて、会う機会が減っても顔を合わせれば逃げるあいつを追った。池袋に来れば、俺に追われて面倒なことになるとわかっていても足を踏み入れるその理由が、門田に会いに来ているからというのも俺の心に重く影を落とした。

昔から、俺に向けることのない笑顔で、俺に囁くことのない言葉を門田には簡単に吐いている。ムカつく。殺してやりたいと思う反面、それが欲しくてたまらなかった。
だから……、臨也が何を企んで俺を誘ったのか知らないが、チャンスを見逃すはずがなかった。

白くてすべすべとしたやわらかな肌。やさしく包み込むあいつの中は温かくて。初めて聞いた、鼻にかかった甘い声に心が震えた。うれしくて仕方なかったから、本当はもっとやさしく触れたかったのに、かなりがっついてしまったと後で反省した。それから、俺たちは5回に1回くらいの割合で喧嘩のあとに寝るようになった。
俺の下で喘ぐあいつはかわいくて。俺のものにしたいという欲求から、回数にへばって意識を飛ばしてしまった臨也の太ももに俺のものだと主張するように跡を残した。
”これを見て二人の仲がこじれればいい”俺らしくもない、そんな浅ましい感情が俺を突き動かした。

それなのに―――――

今日は朝から雨が降っていて、湿っぽい空気が漂っていた。それに混じってノミ蟲の臭いを察知すれば、臨也を見つけてまた追いかけっこが始まった。最初は傘を持っていた奴も激しくなる攻防に邪魔なのか、傘を手放して池袋の街を駆け巡る。
長々と続いた追いかけっこに、とうとう袋小路に追い詰めて終止符を打とうと、持っていた標識を振りかざすとふらりと目の前で臨也がよろけた。
慌てて、倒れる前に抱きかかえれば、体は熱をもっていてかなり熱い。はあはあと苦しそうに息を荒げている臨也をどうしたらいいかわからなくて、とりあえず自分の家に連れて帰った。ただの風邪だろうと相談した闇医者に言われて、薬局で風邪薬を買ってきた。

「薬飲めるか?」

臨也に問いかけるとそんな気力もないのか目を閉じて眠っている。
最初から体調が悪かったのだろうか…その上に雨の中俺と殺り合えば状態はひどくなるに決まっている。気づかずに追い掛け回したことに罪悪感を覚えて、やさしく頭を撫でてやれば、名前を呼ばれた。俺ではない、あの…

「……ドタチン…?」

その言葉に一瞬でカッと沸点が湧き上がった。こいつの中でやさしく触れるのは俺ではないのだろう。ああ、なんてムカつく野郎だ。殺してやりたい。いや、それよりも――ベッドに寝かせる前に雨でぐちゃぐちゃになっていた服から着替えさせた俺の部屋着を剥ぎ取る。熱に浮かされたまま犯してやろうと、下着も剥ぎ取って足を開かせれば、見たくもないものが目に入った。

赤い赤い、鬱血痕。キスマークと呼ばれるそれは無数に散らばってその存在を主張していた。

”こいつは俺のものだ”

一目でわかるその意味に頭から冷水をかけられたように、急激に怒りが冷めていく。
俺がつけた噛み跡はその横でうっすら消えかかっていた。
俺の浅はかな目論見は、最悪な形で返されたのだ。