まわり道 | ナノ
朝食を済ませ片付け終えたので、予定していた通り零くんを連れてショッピングモールへと向かう事にする。罵倒されながらも支度を済ませ玄関の鍵を閉め鞄へしまうと、空いた右手に違和感が。…そんなまさかあり得ないと思いつつ自分の右手に視線を落として見れば、そこには零くんの手がしっかりと繋がれていた。

「れ、零くん?」
「あは、なまえ姉さんとお出掛けなんて僕嬉しいです!でも僕この辺の事詳しくないですし、良かれと思って、その、こうしててもいいですか?」
「へ…。君だれ?れ、零くんは…?」
「?何言ってるんですか?僕が零ですよ?」
「え、や、じゃなくてベク、いっ…!」

ベクターは…そう口にしかけたところで、握られていた右手がミシリと鳴った。今私の右手を握っているのは畜無害そうな笑顔をしている零くんの筈だが、確実にその中にはベクターが潜んでいる。この右手の激痛が、一瞬にしてそれを理解させてくれた。当の本人はずっと太陽のような笑顔のままこちらを見ている…。
な、成る程…彼にとって私の弟として過ごすというのはこういう事だったのね…。分かったからには何も言わずに合わせた方が良さそうだ。気を取り直して、私は目の前の可愛い弟の手を痛む手で引いた。

「こっちだよ、零くん。ちょっとモノレールに乗るからね。」
「はい!分かりました!」


これまでの様子からして零くんは切符の買い方はおろかモノレールすらも知っているか怪しいと踏んだ私は、あえて零くんの手を引いたまま切符の売り場まで一緒に来た。まず路線図の画面を見せて、今の駅と、目的地であるハートランド駅の場所を指差す。といっても、すぐ隣の駅なんだけどね。
そのまま零くん自身にタッチパネルを操作してもらって、お金も渡して切符を買ってみてもらった。これも演技なのかどうなのか、零くんは終始へー、という表情をして出てきた電子の切符を眺めていた。
それから、新規でパスカードを買ってチャージを少しして、それも零くんに渡した。

渡されたカードを裏表ひっくり返して珍しそうに見たあと、これは?と困った顔で聞かれた。零くんのその首を傾げた様子の何と可愛らしい事か。こうしているとベクターなんて悪い夢で、私は今田舎から遊びに来た弟とお出かけしているんだなんて都合の良い幻想を抱いてしまいそうだ。
それはモノレールで説明するねと言って、改札を今回は切符で通ってもらう。改札に切符をタッチするとデータを読み取る一瞬だけ切符の色が変わり、同時に改札が開いて零くんが通り抜けた。一足先に改札を抜けた零くんに見守られながらパスを翳し、私も改札を抜ける。再び不思議な顔で切符をしげしげと見つめ出した零くんの手を取って行くよと促せば、何がそんなに嬉しいのか零くんは溢れんばかりの笑顔で返事を返し私の横に並んだ。

すぐに来たモノレールに驚いてはしゃいだ零くんと乗り込んでチャージ制のパスカードと切符の違いを話した。
「それで、両方知っておいた方が便利かなと思って切符の買い方覚えてもらったの。」
「ふふ、姉さんは本当に優しいなあ。大丈夫!僕でもちゃんと分かりましたよ!」

にっこりにっこりにっこり。零くんは本当に楽しそうにしている。まるで世界中の幸せを代弁したかのような顔で笑っている。ベクターだと分かっていても騙されてしまいそうになるその笑顔はけれども、見れば見るほど違和感を覚えた。私が彼の本性を知っているからとかじゃない。何か、少し違うのだ。彼の笑顔は、元々こんな風だっただろうか…。
待って、今の疑問は、なんだか変…

「…さん?なまえ姉さん??」
「え、あ、あ!降りなきゃ!零くん、行くよ!」
「あっ、姉さん、待ってくださ〜い!」

零くんが呼びかけてくれたおかげで何とか乗り過ごさずに済んだけど。さっきのあの感覚はなんだったんだろう。
「姉さん、ヒドイです、置いてかれるかと思いました!」
「ごめんね零くん。今度はちゃんと手繋いどこ?」
「…はい!良かれと思って!」

改札を抜けて、暖かい手が再び私の右手に触れて、優しいながらも甘えてくるようにきゅっと握られてしまった。…とりあえず、地理にも何にも詳しくない零くんとのお出掛け中に私がぼーっとするのはよろしくない。よく分からないことは帰ってから考える事にして、私は零くんと喧騒の中を真っ直ぐとショッピングモールに向かった。




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