まわり道 | ナノ
天災の様に私の前に現れた少年。夢に出てきた人と瓜二つで、つい記憶に残っていた名前が口をついて出てきてしまったけど、どうやらそれは彼の名前そのものだったようで、私はあらぬ疑いをかけられている。

確かに見ず知らずの相手にいきなり名前を呼ばれたら気持ち悪いよね。私だって知らない人のはずの彼の顔と名前を知っているなんて気色が悪いけれど。
何はともあれその小さな体の細腕のどこからそんな力が出てくるのかという腕力で先ほど首を締められたばかりの相手に私は萎縮する一方だった。その彼は今はプリンに夢中になっているようで、ついでに買っておいて良かったと胸を撫で下ろすばかりだ。

それにしても、コンビニもプリンも知らないし、あの紫の輪も…彼は一体何者なんだろう。私からしたら彼こそ不気味な存在だった。…ただ、夢の中では大切な人だったように思えて、どうしても警察に通報するだとかそういう事をする気にはなれなかった。


「まあどっちにしろ暫くコッチに滞在する予定だからな。監視ついでに此処に住むわ俺。お命助けてもらえて良かったでちゅねぇー!」
「えっ、ちょ、話が見えないんです、が…!」
「お礼も言えねえのかテメーはぁ!それとも自殺願望でもあんのかァ?」
「ひ、あ、う…ありがとうございます…!」
「ンッヒャッハハハァ!それでいいんだよォ!従順なうちは優しーく使ってやらア。」

ほ、本当に通報しないでいいものだろうか…!このままだと悪夢どころじゃなく私の生活が…!


「ま、俺もこの世界には慣れてねえし下僕が居るに越したことはねえからな。テメー名前は?」
「真月なまえ、です…あの、この世界…って?あの紫の輪っかと関係あるんですか?」
「アア?見てやがったのか…この世界はこの世界だよ。テメエには質問の権利なんてねえ。ただ俺の問いと要望にひたすら応えてればいいんだ。」

自分より相手の方がいくらか年下のはずであるのに、目にした非日常や生まれて初めて味わった死の恐怖で、何も言い返せない。それに、彼に逆らってはいけないと全身が覚えているような…とにかく今の私には彼に逆らう事など出来なかった。
私が何も言葉を返さないでいると、思い出したように彼が続けた。

「暫くは俺、真月零としてテメーの可愛い可愛い弟になってやるから、くれぐれも外で俺の事をベクターなんて呼ぶなよ?ぶっ殺すぞ。」
「お、弟…?」
「分かったな?」
「は、はい…」
「んで?てめえは弟に敬語で話すのか?」
「そんな急に言われても…ベク「零くん」
「…零くん…」


私が突然聞かされた設定の名前を口にするとベ…零くんは満足気に笑ってから部屋の壁へ背を預けて目を閉じてしまった。え、ね、寝るつもりなの?

「れ、零くん…?あの、寝るなら歯磨きをした方が…後お布団は…どうしよう…。」
「ああん?」

一応探してはみたものの新しい歯ブラシなんて一人暮らしの家にあるはずもなく…。まあ一日くらいなら問題はないと思うけど…。

「ごめんね零くん、歯ブラシ無いから明日零くんの買いに行こう。」
「歯ブラシ?」
「えっと、これでね、この歯磨き粉付けて、寝る前には歯を磨かないと…っていうか生活雑貨諸々必要だなあ…お金は仕送り余ってるからいいけど大荷物だし零くんにも手伝ってもらう事に…って、ええ!?何してるの零くん!?」
「何ってハミガキってやつだろ?てめえが人間はこうするつったんじゃねーか。っつーかお前案外思考の順応早えな。」


変なタイミングで出てきた人間って言葉も気になるけど、私の歯ブラシを手に取りいつの間にやら自らの口に入れてシャコシャコしている零くんに固まるしかなかった。
「なんて顔してやがるんだドブス。」
「あう、で、でも零くんそれ私の…」
「あ゛?テメーのモンは俺のモンだろうがよ。」
「流石に歯ブラシはやめた方が…自分のを一本ずつ持ってて、それ以外は使わないものなので…。」
「フーン。」

意外にも納得してくれたようで、私の歯ブラシはすぐ零くんの口から出された。コップに水を入れて口をゆすぐように促して代わりに受け取った歯ブラシを洗った。

「布団は知ってる。寝具だろ。俺はいい。」

零くんはそれだけ言って再び先程の位置で目を閉じてしまった。ピクリとも動かない零くんは何を言っても聞いてくれそうもない。零くんにひざ掛けをかけ、私は大人しく電気を消して布団に潜った。何だか久しぶりの休息のような気がして、一気に睡魔に襲われた私はそのまますっと眠りを受け入れた。



「あーあー。死にかけたばっかだっつーのに無防備なもんだねえ。」
寝息を聞きつけ楽しげに呟いた声は静寂に溶け、真っ暗な部屋の隅で闇のような紫が鈍く光っていた。




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テーマ「人外ファンタジー」
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