皇帝 | ナノ
店を出てすぐビニール袋をガサゴソさせて、満面の笑みで買ったばかりのスターターデッキを取り出したなまえ。いかにも「デュエルがやってみたくてたまらないです」って顔をしてやがる。可愛いな、と思う。
見かねてデュエルに誘ってみれば、待ってましたとばかりに頷く。俺もなんだか嬉しくなって、早速場所を移してDパットを展開させる。
"表"でも"裏"でも、こんなに心が疼くデュエルは久しぶりだ。

さあ、なまえ。九十九遊馬の全力という手加減はしてやるから、頑張れよ。





「ひゃあああ瓦礫落ちて来たあああ!」
「なまえちゃん、それバーチャルだから!当たんねーから!」
「あっ、そ、そっか!」
「ズババ!お前もうちょっと優しくいけよなー!」
『ズババー・・・』
「おっし、じゃあ今度はガガガでなまえちゃんにダイレクトアタックだ!」
『フンッ』
「わあああああああっ」
「あっ、なまえちゃん・・・!大丈夫かー!?」


今のガガガマジシャンの攻撃で勝敗は決まった。ダイレクトアタックの衝撃で後ろに飛ばされたなまえに慌てて駆け寄り、助け起こす。
「ごめんな、怪我とかない?」
「うん、ビックリしただけ!大丈夫、ありがと。・・・へへ、負けちゃった。」
「そりゃ流石に俺でも初めてのデュエルで買ったばっかりのデッキ相手に負けられないぜ!」
「そうだね、でもこれから強くなるし!」
「そうそう!かっとビングだぜ!」
「うんっ!」




「デュエルしてる時の遊馬くんってかっこいいね。」
「へっ・・・!?」
突然のなまえの言葉に、変な声が出た。

「俺、そんな事言われたの初めてだ・・・いっつもドジしちゃうしさ。」
「でも、デュエルしてる時が一番活き活きしてるもん。」
「へへ、さんきゅ。」
"表"の俺のデュエルは、どう考えても格好良くは映らない。
それでも、演技とはいえ長い事これで過ごして来た人格をなまえに褒められて悪い気はしない。素直に口元が緩んだ。



「私、どうしても会いたい人がいるの。」
「会いてー人・・・?」
瞬時に俺の事だとは分ったが、勿論九十九遊馬は皇帝の事を知らない。
「その人はとってもデュエルが強くて、格好良くて、優しくて・・・私の命の恩人なの!」
「・・・っへー!デュエル強いヤツかー!」

危ねえ。顔が火照りかけて一瞬反応が遅れた。こんな言葉なんでもない筈なのに、皇帝として会ってから、なまえの前だと上手く"表"の演技ができない。
それだけじゃない。バカ丸出しな言動も無意識に抑えてる自分がいる。
・・・見栄、張ってんのか?俺が?
まあ元々これは演技だから見栄も何も無いだろうが。



「なあ、そいつに会ってどうすんの?デュエル?」
「お礼を言いたいの。」
「お礼?」

「私、その人が助けてくれなかったら今こうして遊馬くんとデュエルする事もできなかったの。それなのにまだちゃんとお礼言えてないから。」
「それだったら別にデュエル覚える必要なくねーか?フツーに言ってくればいいだろ?」
「うーん、それがね、なかなか会えないっていうか、どこにいるのか分らないっていうか・・・。名前も顔も知らないの。」
「はぁ?なんだそりゃ?」
「だから、デュエルが強くなれば少しはその人に近づけるのかなって思って・・・。でも、デュエルに興味を持ったのは本当の話。その人のデュエルを見て感動したの。」
「感動かぁ・・・。」

お礼、か。それが気がかりでこいつは俺に近づこうとしてるっていうのか。
それならいっそ偶然を装い姿を見せてやった方が良いだろうか。未練が無くなればもう俺を追う事も無いだろう。一度会ってなまえの気が済むなら、その方が安全だ。




「ごめんね、変な話しちゃって。」
「んーん、俺もなんでなまえちゃんいきなりデュエル始めようとしたんだろって思ってたしさ。」
「でも、今の話は他の人には内緒にしてくれる?」
「え?なんで?」
「あんまりその人の事、広めたくないの。遊馬くんはほら、私の先生でしょ?だから、二人だけの秘密!」
「なんか良くわかんねーけど、いいぜ!秘密な!」
「じゃあ私そろそろ帰らなきゃ!今日はありがとね!」
「おう、また明日な!」


手を振りなまえと別れた。もう日が暮れて来て心配でたまらない筈なのに、気のきかない"表"の俺にうんざりする。送る、くらい言えないのか俺は。
空中に上げていた手をポケットに入れ、仕方が無いからなまえに背を向けて家路についた。

格好良くて優しい・・・皇帝がそんな風に見えるのもお前くらいぜ。
いや、正確には「皇帝がそんな風に接するのは、お前くらいだ。」か?
薄汚れた汚い"裏"の俺も肯定してくれたなまえ。




ただそれが嬉しかった




retern
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