皇帝 | ナノ
昨日の出来事はなんだか夢みたいだった。友達と遊んだ帰りに攫われて、どこなのかわからない地下ホールでデュエルの賞品にされた。彼に助けられたあと乗せられた車も不安だった。なにせ目隠しをされているうえ彼はもういない。また別の所へ連れて行かれるのではという緊張で張り詰めていたが、しばらくして目隠しは外され攫われた場所に近い大通りで降ろされた。流石に家に送られ場所が知られるのは好ましくない。


家についたのは夜遅くだった、両親に怒られたけれど今日の事は黙っていた。確かに怖かったけど彼のおかげで無事に帰ってこられたし、警察沙汰になって彼に迷惑がかかるのは嫌だった。そうなって一斉検挙でもされてしまえば彼との繋がりが無くなってしまうという考えもあったかもしれない。
とにかく適当に話をでっちあげて、謝っておく事にした。



マンガやドラマのような現実味の無い世界で過ごした数時間はとっても恐ろしいものだったけど、二度と足を踏み入れるなという彼の忠告に心から頷く事はできなかった。
勿論こんな恐ろしい思いは二度としたくない。それでも命の恩人である彼にもう会えないというのは悲しい事だった。
自分は"裏"の人間で、"表"の名前は使わないと彼は言った。"表"の彼は一体どんな名前で、どういう人柄で、どんな顔なんだろうか。どうしても彼の事ばかり考えてしまう。それでも一遍に沢山の緊張を感じ疲労しきっていたおかげで、いつの間にか私は眠りについていた。







「おはようー」
「あっ、なまえおはよー!」
当たり前のようにまた学校で友達と挨拶を交わして何気ない話をしていると、尚更昨日の事が現実味を失って行った。少し痛かった手首ももうなんともない。私があそこに居て彼と出会った事実を証明するものは何も残っていない。


「あっぶねー!間に合った!」
「遊馬くん、おはよ。」
滑り込むように教室に入って来たのは九十九遊馬くん。いっつも遅刻ギリギリで教室に飛び入ってきて、委員長に走るなとお叱りを受ける。
わりーわりーと気の無い返事をして席についた遊馬くんを振り返り挨拶をする。

「なまえちゃんおはよー!あっぶねーのまた寝坊しちまってさー!一限なんだっけ?」
「現国だよ」
「えっ、マジ?宿題って今日までだっけ・・・?」
「そうだよ」
ちなみに遊馬くんは宿題忘れの常習犯でもある。

「・・・・・・あのさ、なまえちゃん・・・?」
「いいよ」
「えっ!?」
「写させて欲しいんでしょ?コレが伝説のなまえさんの現国データファイルです!」
「おおおっ!!マジで!さんきゅ・・・アレ?」
「ただし、条件があります!」
パッドに飛びつく遊馬くんからひょいと避けて、代わりに人差し指を突き出して提案する。遊馬くんが条件ってなんだ?って顔をしたのを見計らって口を開いた。


「私にデュエルを教えて!」
「・・・・・・え?」
「だから、デュエル!ルールとか、やり方とか・・・興味があるの!」

「なまえさん!なんで遊馬くんなんかにそんな事を・・・!トドのつまり、僕がお教えしましょう!その方が絶対わかり易いです!」
「委員長どこから・・・っていうか俺なんかってなんだよ!・・・でもなまえちゃん確かに俺説明とかヘタだけど・・・」
「説明だけじゃないでしょう、遊馬くん!」
「なんだよさっきからシツレーだな!」

「ありがと委員長。でもこれ交換条件だしさ。遊馬くん、どうする?教えてくれるの?くれないの?」
「うーん、宿題のお礼だし・・・いいぜ!」
「ほんと!?ありがとー!じゃあこれデータファイルね!」
「サンキュー!ちょっと借りんな!」


デュエルの事だからてっきり一も二もなく了承してくれると思っていた遊馬くんがなぜ返事に躊躇ったのかなんて事はあまり気にならなかった。
委員長は肩を落として自分の席に帰って行った。悪い事しちゃったかな。
確かに遊馬くんのデュエルの実力はこのクラスでというか学校の中でもとっても低い事はなんとなく知っていた。でも何でだろう、どうしても遊馬くんじゃなきゃダメなような、そんな感じがした。


パッドの文字を遊馬くんの目が追う。そういえば遊馬くんの目も綺麗な赤色だなあ。そう思ってぼーっと見つめていた。




ちらつく赤




retern
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テーマ「人外ファンタジー」
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