皇帝 | ナノ
日曜日、友達と出かけた帰りの事だった。人通りの少ない通りを歩いたのがいけなかったのか、いきなり後ろから現れた誰かに薬みたいなモノを嗅がされて気が付いたらここにいた。騒ぐな、暴れるなと脅されて、着替えをさせられた後両手の自由を奪われ檻に入れられた。
わけもわからずとにかく怖かった。


運ばれた先での男の説明を聞く限り、私はこのデュエルの賞品にされているらしい事は分った。例え叫んだとしても私の味方はここにはいないのだろうと考えた時絶望感が全身を襲う。悪夢であって欲しかった。

デュエルが一戦一戦進むにつれ、私の恐怖と絶望は強まっていく。
私はこのデュエルの勝者に連れて行かれるのだろう。開始前、飛び抜けて気持ちの悪い視線で私を見ていた中年が2回戦で敗れ去った時は安心した。私はせめてマシな人間に連れて行かれればいいとでも思ってるんだろうか。

最初にエンペラーと呼ばれていた男の子は強いんだろうか。立候補していたのにこのトーナメントには出ずに椅子に座ったままでいた。
彼もまた私をずっと見ていたけれど、その視線は他の参加者とは違って真っすぐなものだった。彼の方を見る度目が合う。少し離れたここからでもわかる程赤色の目は綺麗だった。
彼が出るなら彼に優勝して欲しいと考えた所で慌てて視線を逸らした。何を考えているんだろう、彼もまたここの参加者である限り私の敵に変わりはないと言うのに。



それでも、彼のデュエルが始まるとまた私は彼に魅了されてしまった。
私はデュエルの事は良くわからないけど、彼の繰り出すモンスターと補助カードのコンビネーション、相手を嵌める巧妙な罠。そして、容赦のない攻撃宣言。
彼のデュエルは驚く程あっと言う間に終ってしまって、この後どうしようなどと考える暇も無く私を入れた檻は別の部屋へと運び込まれてしまった。



私が運ばれて来たのはさっきいたホールより更に暗い部屋で、檻からは出されたものの、部屋の片隅に繋がれてしまってやはり逃げられそうもなかった。
どうにかして逃げられないものかと満足に動かす事のできない両手でもがいていると、彼が部屋へ入って来た。よく見てみるとホールで彼が座っていたような椅子が近くにあり、そこで初めてここは彼の控え室なのだと悟る。
無表情の彼が近づいてくる様子に一気に恐怖が込み上げて来た。私はどうなってしまうんだろう。


「ホールは寒くなかったか?」
「え・・・?」
「怖がらなくて良い。今外してやるからな。」
私の目の前で跪いた彼は、内ポケットから鍵を取り出した。
そのまま言葉通りに後ろ手に拘束された私の手の自由を解放してくれた。
「少し赤いな。怖かっただろ・・・もう安心していい。」
「あの、あなたは、私を連れて行くためにデュエルしてたんじゃ・・・?」
「ここの賞品に人間が出されたのは初めてだ。しかも開始直前に予定が狂って本来の賞品と変わったっていう報告を聞いてる。お前は本来の品の代用に急遽用意された、つまり誘拐されてきた。違うか?それとも、このまま俺に連れて行かれたいのか?」
「違っ・・・じゃ、じゃあ私を助けるために戦ってくれたの・・・?」


だとしたらどうして見ず知らずの私を助けてくれたのだろうか、おそるおそる視線を合わせる。未だ仮面に覆われ表情は見えないけど、最初に見たときよりずっと近い所にある赤は切なく歪められていた。
「ここはお前みたいな"表"の人間のいて良い所じゃない。」
「わっ、」
突然引き寄せられて視界が暗闇に包まれた。彼の体温を感じる。
も、もしかして、抱きしめられてる・・・?急激に顔が熱くなったのが自分でもわかる。鼓動が早まったのが彼にも伝わってしまうだろうか。
「もう二度と、こんな所に来るんじゃない。俺に会う事ももうないだろう。」

そんなの嫌だ、と思った。
それだけ言って離れた彼に、もう二度と触れられない気がして咄嗟に袖を握る。
「なまえ・・・、あなたの名前、教えて。」
「エンペラー。ここの連中はそう呼んでる。」
「ちがくって、そんな名前じゃなくてっ、」
「俺がなんの為に仮面を付けてると思っている?"裏"の連中は"表"の名前なんか使わない。」
「・・・・・・。」


「立てるか?悪いが場所を明かさないためにここを離れるまでは目隠しさせてもらうがちゃんと送り届けさせるから安心しな。今日見た事は忘れろ、それがお前のためだ。」
「・・・・・・。」

それから彼は私の目を目隠しで覆い、人を呼んで車を手配させた。視界の無い私を車庫まで引いてくれる手は凄く優しかった。やがて車の扉の開く音がして、ああお別れなんだと思ったらもう一度彼を見たくなった。でも視界は真っ暗で、少し目が潤んだ。
「エンペラーさん、」
「・・・何だ。」
ずっと黙って手の引かれるままにしていた私が口を開いた事に驚いたのか、握っていた手がぎゅっと反応した。私も一度強く握り返して言葉を続けた。




「ありがとう、さようなら。」




retern
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -