皇帝 | ナノ
「なまえ」



自分でも驚く程愛おしげな声が出た。呼び慣れたその名前を、演技じゃない、本当の俺として呼べる事が嬉しかった。

「エンペラーさん、私・・・やっぱり貴方とどこかで・・・」
「着いたぞ。話は中で聞く。」

なまえも馬鹿じゃ無い。先日の目の色の事といい、少なからず俺に疑問を抱いているようだ。だが前座席との間に仕切りがあるとはいえ、ここは車内だ。その続きを喋らせるわけにはいかない。
なまえの言葉を遮り車から降りて、すぐさま反対側へまわり目隠しをされているなまえを降ろすためドアを開きなまえの手を取る。
心の中で礼を言わせるだけでは終らないだろうと溜め息をつきながら、丁寧になまえを降ろしてやる。

そんな俺達の隣でカイトがさっきの男を蹴り降ろしているのが視界に入り思わず鼻で笑った。だがなまえに手を出した罰には優しすぎるくらいだ。


「歩けるか?部屋まで辛抱しろよ」
「はい。」

「フッ・・・エンペラーに手を引かせるとはVIP待遇だな。」
「フザケた事抜かしてないでお前はそいつの処理をしろ。」
「安心しろ、もうブラックリストには・・・「Oだ。」・・・なんだと・・・?」
「Oの方だ。そいつは掟を破った、リストでは不十分だ。」

途端に男が青ざめた顔で小さく悲鳴をあげる。
「エッ・・・エンペラー・・・!もうその女には近づかないと誓う・・・!それだけは・・・!許してくれ・・・!!」
「この場において俺の決定は支配人すら覆す事はできない。お前はそれだけの事をした。情状酌量の余地などない。」
それだけ言ってカイトに目配せをすると、奴は疲れたように溜め息をついて暴れる男を連れて行った。



「なまえ、行くぞ。」
「あっ・・・はいっ、・・・あの、さっきの、Oってなんですか・・・?」
「・・・お前は知らなくていい。ここの事は聞くな。答えてやれる事はない。」
「・・・ごめんなさい・・・。」
「なまえが悪いわけじゃない、知れば知る程危険だっていう事だ。わかるな?」
「はい・・・!」

気を取り直したような返事に安堵する。
謝らせたいわけじゃない、ただ、綺麗すぎるなまえの知識にこんな世界の事など混じらせたくは無い。綺麗なものしか映したく無いんだ。

ここ、ブラックマーケットには"表"とは別の法が存在する。
マーケットを不正なく進めるためだけの掟であり、管理と処分は主に支配人側の仕事だ。しかしさっき言った通り、俺の決定はここでは絶対だ。
処分は大きく分けてL、O、Mの3段階存在する。それぞれ「ブラックリスト」「ブラックアウト」「ブラックマーケット」の頭文字からとられた略称だ。

 ブラックリストはその名の通りのもので、その名を刻まれた者はもう二度とブラックマーケットに出入りする事はできない。同時に、"裏"の最大規模であるマーケットのブラックリストに名が載った者は国内の大抵の無法地帯からも出禁を食らうハメになる。"裏"でやって行くには国外へ飛ぶしかない。
 「O」ブラックアウトは、リストに名前を追加した上で記憶処理が行われる。処置が終ればそいつに一切の記憶も残らない。大体が記憶喪失として通院するか、社会でやっていけず破産する。
 そして最終手段である「ブラックマーケット」リストへの掲載、Oの処置を施した上で"本当の"ブラックマーケットに出されるものだ。人身売買された後のそいつらの処遇は知った事じゃないが、ろくな事にならないのは想像に容易だ。


あれから黙ったまま大人しく俺に手を引かれているなまえを見る。こんな汚い世界に生きる俺が、本来ならこの手を引く事は二度と無かったはずだ。
小さな掌、可愛いなまえ。
俺がお前にこんな感情を抱いている事など伝わる事は無いのだろう。俺もそれで良いと思ってる。

皇帝の間への扉に近付いて来た。
カイトに言われた通り、俺は仮面の下の顔に、もう一枚見えない仮面を被る。
俺は九十九遊馬ではない、皇帝だ。



守りたいのなら




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