みじかい | ナノ
暗闇の中を闇雲に走り続ける。息を荒げて、顔を真っ青にして、冷や汗ダラダラで、俺らしくもねえ。それでも必死に走り続けて居るのは、逃げているからだ。命から、責任から、目を背けたい己の過去から。しかしどんなに走ったって終わりは無え。それに時間の問題だ。亡霊に疲れなんかありゃしねえ。オマケにこっちは足が重いと来たもんだ。丁度膝がガクンと下がり、地に伏せた。何の力も無え今となっちゃ、こいつ等に抗う術なんか有る筈も無く、容易にとっ捕まえられる。様ァ無え。だが、俺にだって未練くれえ有る。今の俺には、なまえが居る。死ぬわけには行かねえ、やめろ、離しやがれ!ジタバタと格好悪く足掻いて見たところで聞き入れられる筈も無く、そのまま、何処かへ、引きずられて…


「王子、王子!」
「…う、…はっ…はっ、はーっ……なまえ、か?」
「大丈夫ですか?酷く魘されてました…。」
「ゆ、め…か。」
「待ってて下さい、今何か飲み物を…。」
「いや…。ちょっと来い。」

素直に傍に寄って来たなまえをそのまま引き寄せ抱きしめる。存在を確かめるように、確りと背中を抱く。なまえは驚いた様だったが、暫くすると俺の背にも腕が回された。

「私に出来ること、ありますか?」
「これで良い…そのまま居ろ…。」
「はい、王子…。」

すぐ耳元でなまえの呼吸が聴こえ、心音もダイレクトに伝わってくる。なまえの体温や感触、匂い全てを感じ取る事に全神経を注いだお陰で、大分平静を取り戻した。だがそれと同時に、冷静になった頭が考え始める。
俺は人間として、ヌメロンコードによって書き換えられて此処に居る。お陰でなまえを取り戻す事も出来たし、なまえもこうして俺と居ることを選んだ。柄じゃ無えが幸せって奴を、感じる。通常よりかなり長く過ごして来た魂…大方悪い事ばかりだったが、そんな人生の中で即答出来るくれえには今が一番まともで、幸福な時間を過ごしている。

しかし先程の夢が蘇る。…忘れてなんか無えさ、俺自身が何千、何万という命や人生を踏み躙って来たことは事実だ。実際あの亡霊共は決して俺を赦さねえだろう。奴らにとっちゃドン・サウザンドもバリアンも関係ねえ。てめえの命を理不尽に奪って行ったのはこの俺だ。
かと言って罪の意識感じてとり殺されてやるつもりも無えが、果たしてこの俺が今こうしてなまえを抱きしめながら幸福なんて感じる資格が有るもんなのか。

元々遊馬やコイツに許されちまってるのが可笑しい話なんだ。あの亡霊共の様に只々俺を恨んでくれりゃあ、憎まれっ子世に憚り甲斐もあるってーのに。他の奴らだってそうだ。何だかんだ言いつつ遊馬の様に俺を受け入れやがった。居心地が悪いにも程がある。


「ねえ、王子…?」
「…何だよ。」
「1人で背追い込まないで下さいね?」
「…は?何の事だよ。」
「私は貴方の妻ですから、どんな時でも貴方の傍に居て、貴方の見味方で居て、貴方を支えるのが私の役目です。」
「今更そんなお堅い契約守り続ける必要ねえだろ。」
「私は王子へと充てがわれたからそうしてるんじゃ無いって、王子だってちゃんと分かってらっしゃるでしょう?」
「……さあな。」
「私は、嫁いで来てから…今だって王子に何度も救われて来てるんです。王子は今の人格の方が馴染みが有るでしょうけど、私にはどちらも王子です。私が王子の非道を見ていないせいも有りますが私にとっては優しくて頼りになる大好きな旦那様なんですよ?」

普段どうしようも無えくらいに鈍い癖に、なんだ今日は。俺の考えて居ることが体温にでもなって全部伝わってるとでも言いてえのか?どこの少女漫画だそりゃ。だが、何と言われようが解んねえもんは解んねえ。理解が出来ねえんだ、俺の置かれて居るこの現状全てが。

「お前にとっちゃそうでも他の大多数にとっちゃそうじゃねえ、悪魔の化身だ。」
「それじゃあその悪魔さんにしか救えない人が居るとしたら?」
「そら分かってる。だから俺はお前の為だけに此処に居るんだ。」
「私の幸せは王子の幸せと共にあります。悪夢なんて所詮深層心理ですよ。ね、だから王子、自分を責めないで。どうか幸せになって、その為にやり直せと皆が下さった命です。王子には幸せになる義務があります。」
「……なーにが幸せになる義務だ。…的外れもいいとこだな。」
「だって…!」
「お前が今此処に居る時点で、他にどこ探したってこんな幸せモンは見つかんねえよ。」
「!」

愛しい愛しい嫁にこんなにも想われてて幸せ感じられねえ程鬼畜のままじゃ無え。あの時、闇に心を支配された時、なまえだけは手にかけなかったという事が俺にとって1番の正解だった。まるで蜘蛛の糸の御伽噺のようじゃねえか。
悪いな亡霊共。俺はてめえ等を無視してでも、幸せってのを掴む必要があるんだとよ。
妙にすとんと降りてきたなまえの言葉のお陰で考えることが無くなったのか、次の瞬間には瞼の重さを思い出していた。

「おい、寝直すぞ。」
「はい、王子、お休みなさい。」
「ああ。…なまえ。」
「はい?」
「愛してる。」

真向かいにあるなまえの額にキスを落として再び眠りについた俺の夢に、あの亡霊が現れることは無かった。





retern


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