みじかい | ナノ
2年生に学年が上がって、あの子と同じクラスになって初めて気づいた。1年の時は違うクラスだったから大人しく目立たない彼女に気付かなかったのは仕方なかったかもしれない。だけど、いくら車椅子に座って無表情になって見た目の印象がガラリと変わっていても俺には分かる。彼女は3年前のジュニア大会で突然現れてからそれっきり姿を見せなくなった、アクションデュエルの元ジュニアチャンピオンだ。俺は感激してすぐさま彼女の元へ走って行った。


「ねえ、ねえっ、君、3年前のジュニアチャンピオンだった子だろ!?」

声を掛けると彼女は無言で俺の方へ視線を向けて、一瞥しただけですぐ手元の本へと意識を戻してしまった。

「あっ、えーっと、俺、榊遊矢!俺もあの大会出場しててさ…初戦敗退しちゃったんだけど…でも、参加者の中から抽選で決勝のチケットが贈られてて、俺それに当選して、決勝のキミのデュエルを観に行ったんだ、それで…」
「榊くん。」
「あ、え、何?」
「多分それ人違いだと思う。」
「えっ?で、でも君みょうじなまえちゃんだろ?人違いなんて」
「人違いだから。それじゃ。」
「あっ…」

俺が二の句を告げる間も無く、読んでいた本をパタリと閉じたみょうじさんは教室を後にした。…大会の話は、されたくなかったのかな…。
…だったら。


「みょうじさん!待ってよ!俺とデュエルしようよ!机でやるんでいいからさ!ね?」
友達と話し込んでた柚子に先に帰ると断って、俺は校門へと向かうみょうじさんを追い駆けた。
「私、デュエルはやらない。デッキも持って無いよ。」
「えっ、だって…まさか、そんなわけ…。」
「だから、榊くんの言ってる人は別の人。」

「でも、俺、観たんだ…!3年も前だけど、確かに君だよ!俺、あの時のデュエル本当に感動したんだ。同い年の女の子が、こんなに凄いデュエルをしてるんだって…。」
「………」
「あの大会の後すぐに君の話を聞かなくなったから、何があったのかは分からないけど…俺は君のデュエルが好きなんだ。だから、デュエルをやらないなんて嘘はつかないでよ…。」

黙り込んだみょうじさんに、縋るように言葉を畳み掛けた。それから一泊置いて呆れたような観念したようなため息が聞こえると、みょうじさんは初めて俺の方へ顔を向けてくれた。


「車椅子。」
「え?」
「押してくれる?公園まで行きたいんだけど。」
「あ、うん!」

車椅子なんて押したことないけど、追い払われなかった事が嬉しくて、持ち手を掴んで公園の方へ押し始めた。…保険の授業で押し方習った時、もっとちゃんと聞いておけばよかった。


「…私ね、」
「うん。」
「あの後プロの人にデュエルに誘われたんだ。」
「…じゃあやっぱりみょうじさんがあの子で間違い無いんだね?」
「…うん。…でね、その、プロに、勝っちゃったんだ。」
「へえ!凄いじゃんか!」

公園についてもみょうじさんは何も言わないから、適当に公園内を散歩していた。暫くして、みょうじさんが話し始めたのはあの大会の後日の話だった。そのデュエルも見たかったな、なんて呑気に返していると、不意にみょうじさんの肩が震えているのに気づいた。車椅子を押している俺からは後ろ姿しか見えないけど、鼻を啜る音も聞こえてきてみょうじさんは泣いているんだと分かった。
全然泣きだすような話の流れじゃ無かったし、俺はびっくりして車椅子を停めるとみょうじさんの前に回り込んだ。膝の上で握りしめた手の甲に涙がぱたりと降ってきて、やっぱりみょうじさんは泣いていた。

「ど、どうしたの!?俺何か悪い事言った??ごめんな、えーっと、どうしたらいいんだ、えっと、えっと…!」

流石にこんな雰囲気で泣いている女の子相手に変顔で笑いとれるなんて思わないし、バタバタとただ慌てるだけの俺にみょうじさんが首を振って震える声で話してくれた。
「ちが、榊く、のせいじゃ、なくて…その、その後…」


みょうじさんがしゃくり上げながらも少しずつ話してくれたその後の話はとても酷いものだった。みょうじさんに負けたその男は、プロ生命を絶たれただとか喚いて、みょうじさんの脚の腱を…。
それで彼女はそれからずっと車椅子で…。デュエルもやめて、静かに過ごしてたって…。酷い、本当に酷い話だ。


「悪い事があれば…その分だけ良い事が返ってくる…。」
「…?」
「父さんの受け売りなんだけどね。…振り子と同じ。諦めなければ、絶対に返ってくる。だから泣きたい時は笑えって、父さんは言ってた。」
「榊くんのお父さんって…」
「俺の父さんは榊遊勝。…自慢の父親さ。」
「遊勝さんのデュエル、私も好きだった…面白くて、ハラハラして、興奮して…」
「だろ?その気持ちがあるって事は、みょうじさんはまだちゃんとデュエルが好きなんだ。確かに俺なんか想像もつかないくらい辛い事だったと思う。でも、デュエルを楽しめる気持ちがあるなら、俺はみょうじさんに続けて欲しいな…なんて。」

「榊くん…ありがとう…。私、実は今もちゃんとデッキを持ってるの…。本当は、誰かにそう言ってもらいたかっただけなのかもしれない…。私、デュエルは続ける!」
「本当!?やった、じゃあ向こうのベンチテーブルの所で早速やろう!」
「あ、わ、待って榊くん早い!スピード出し過ぎ!」


結局デュエルは俺の負けだったけど、みょうじさんは楽しそうにプレイしてくれてた。デュエルには、勝ち負けだけじゃない。人を楽しませる不思議な力があるんだ。最後のダイレクトアタックで大袈裟にベンチから転げ落ちれば、笑ながら大丈夫?と聞かれた。すぐさま立ち上がってもうひと勝負!と意気込みながら、俺も凄く楽しんでた。
俺とのデュエルでみょうじさんが笑ってくれるのが、何より嬉しかった。

飛んではね回れなくったって、こういうのだって、エンターテインメントデュエルだよね!
観客は居ないけど、俺が今笑って欲しいのは君だから、今日のデュエルは君に贈るよ。





retern


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -