次の日の朝、少し早起きをしたエリカは、すぐに花畑へ向かった。

「えっと…。昨日の花冠……。」

 昨日作っていた花冠が、どれだけ探しても見つからない。
 それもそのはず。この広い花畑で、どこに置いたのすら覚えていないのだから。

「仕方ない…。また作り直すか…。」

 残念そうに溜め息を吐いて、もう一度作り直すことにした。

 また丁寧に、一つ花を摘んでは編む、という事を繰り返し、いつの間にか長い時間が経っていた。

「できた!」

 やっと花冠が完成し、エリカは満面の笑みで空に向かって花冠を掲げた。

 その瞬間、呻くような鳴き声が聞こえたと思うと、地面が大きく揺れた。

「きゃあ!?」

 驚いたエリカは、思わずその場にうずくまった。

「な、何?!」

 地震は一向に収まらない。

 呻くような鳴き声が、何度も何度も、村の方向から聞こえてくる。

 不安……恐怖……。
 それらの感情がマグマのように湧き上がり、気がついたら村に向かって走り出していた。

 息を切らして村まで走ってきたエリカは、声を上げることも出来なかった。
 ただ、声を失った。

「な、何…? これ…?」

 必死に絞り出した声は、とても弱々しく、自分でも聞き取れないようなものだった。

 村一面が、真っ赤な炎に染まっている。有り得ない。今日の朝までは綺麗だった村が、こんな一瞬で……。

 その時、ふと気づいたことがあった。

 家がない。

 村の入り口近くに建っていたはずの、私の、私たちの家が、ない。

 不安が積もり募って、心臓が早鐘を打ち始める。

 足を動かす事を忘れたように、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた、その時、

「エリカッ!」

「―――――ッ!」

 聞き覚えのある声に呼ばれた瞬間、ようやく我に帰った。

 彼だ。彼が生きていた。

 心の中の何かが切れたのか、とめどなく涙が溢れる。
 彼に駆け寄ろうとした、その瞬間、

「…………え?」

 一瞬の出来事が、スローモーションのように感じだ。
 エリカの真上に大きな影が重なったその瞬間、彼がエリカを抱きしめた、否、庇った。
 彼の背中から大量の血が噴き出す。
 エリカの顔、腕、足に、生暖かい血がかかる。
 血だらけの体が、ずるりと落ちる。

 その光景を現実と認識するまで、しばらく時間が必要だった。
 そして認識が行われた後、エリカの口からは、自然と叫び声が溢れ出していた。

「あぁぁ…ぁぁ……! いやぁぁぁああああああ!!」

 地下から噴き出す湧水のように、とめどなく溢れ出していた。

 彼の体を抱きしめて動かないエリカに、鋭い爪が下ろされた、その瞬間、
 突然見知らぬ誰かが飛び出し、その爪を白銀の剣が受け止めた。
 エリカの目には確かに、真っ白い騎士服が光っているように見えた。



「すまない、遅くなった。」










 それからの事は何も覚えていない。
 ただ、濁りきった心の中に、暖かいものが注がれたのは確かだった。

 エリカは、確かに救われた。
 でも、家族は、彼は、助からなかった…。

 だが、そのことを聞かされた時、エリカに大きな決意が生まれた。

―― 強くなる。あの時助けてくれた、騎士のように。
 今度こそ、絶対に、誰も死なせない。私が助けるんだ。





   その瞬間から、

   私は泣く事を止めた。

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