―― 一方その頃

 隣の部屋では、相も変わらず重い空気が漂っていた。

「あのヤロー…。いつか覚えてろ…。」

 恨みの込められた言葉を吐き捨てながら、クロハは鏡の前に座る。
 慣れた手付きで、スルスルと眼帯を外していく。

 眼帯の下から、血のように赤黒い瞳が現れる。
 透き通った藍色の右目と違い、この左目からは何か邪悪なものが流れ出ているようだった。

「…お前って、いつから眼帯付け始めたんだっけ?」

 すでにベッドに寝っころがっていたカルが、ふいにそう問いかけた。

 クロハは一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに困ったように笑う。

「いつから…って言われてもなぁ…。騎士団入った時から?」
「知らねぇよ。てか俺が聞いたんだけど?」
「いや、俺も忘れたわ。いつだっけなー…。」

 そういうと、クロハ一つ小さな欠伸をした。
 先ほどまで騒いでいたため、疲れたのだろう。
 そんな様子を見ていたカルは苦笑して、クロハに言った。

「もう寝ようぜ。明日早いだろうし。」
「せやなぁ…。あー、眠みぃ…。」

 そういいつつ、また大きな欠伸をしたクロハは、目元をこすり、ベッドに入る。
 それを見て、カルは部屋の灯りをおとした。

 辺りが暗くなり、眠りにつきやすい環境になったが、それでもカルは寝られずにいた。

 一つ寝返りをうち、溜め息を吐く。

「はぁ…。俺、枕が変わると寝れないんだ…。」
「そうなン? ま、俺もやけどなぁ…。」

 ボソリと呟いた独り言に、珍しくクロハが反応する。

 不安なのか。寝れないのだろう。
 カルたちは竜の討伐を一度体験したことがある。しかし、エリカはどうだろうか。彼女は竜に対してトラウマを持っていると、エミから聞いたことがあった。もしもエリカに何かあったら…。

 カルは、ぐっと拳を握りった。

「なぁ、クロハ…。」

 不意に声をかけてみるが、今度は反応がない。

「クロハ…? 聞いてんのか? おい…。」

 つい少し苛立ちの混じった声を出してしまう。しかし、その返事の代わりに聞こえたのは、静かな寝息だった。

―― 枕代わると寝れないんじゃなかったのか?

 なんだか腑に落ちない気持ちを抱きながらも、カルは深い溜め息を吐き、やっと目を閉じ、眠りにおちた。


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