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 澄んだ空気の広がる、静かな朝。
 何事もなく始まるであろう1日の象徴とも言える平穏な朝。

「…………。」

 現場、エリカたちがいるのは、少々荒っぽい作りの馬車の中。
 そこには、澄んだ外の空気とは裏腹に、ずいぶんと気まずい重い空気が漂っていた。

 その空気の発生源は、この馬車の中で、いかにも「不機嫌です!」と言わんばかりに黒いオーラを纏うカルのパートナーである。

「いい加減機嫌直せよクロハ…。」
「るッさいボケ。火星探査機にひかれて死ね。」

 腕を組ながら暴言を吐くこの金髪の人物こそ、カルのパートナー―クロハ・ヘヴィンだ。
 抽象的な顔立ちだからだろうか、左目の眼帯が妙な異彩を放っている。一方の右目は、綺麗に澄んだ藍色なのだが、その目つきの悪さをなんとかしてほしい。

「久しぶりの任務なんだしさぁ、気合い入れてこうぜ?」
「……………。」

 懸命にご機嫌取りに励むカルをガン無視で、クロハは自分の身なりを整え始めた。
 それにしても、この二人の騎士服は本当に久しぶりだ。
 何週間…いや、何ヶ月…下手すれば一年ぶりくらい久しぶりなのだ。

 しみじみそんなことを思うエリカとは裏腹に、馬車の中の空気はどんどん重くなっていく。
 しかし、そんな重い空気をぶち破ったのは、エリカの冷静な声だった。

「それより二人とも、今回私たちが派遣された場所、分かるか?」

 唐突とはいえ、確実に答えられるであろう質問だったが、カルたちは無言で眉間にシワを寄せた。この二人、確実に分かっていない。

「マリーリリーだ。」

 しかし、エリカがその地名を出した瞬間、さっきまで不機嫌だったクロハの目が輝いた。効果音をいれるなら、キラキラ、という感じだ。

「俺、知っとるで!そこ! 前行った事あるもん! ま、当然カルは知らんやろ?」

 独特の訛り口調で、ものすごく得意気に言うクロハ。一方のカルは、本当に知らないらしく、無言を貫いた。
 そんな中、「引きこもりのくせに、いつ行ったんだよ。」とエリカは心の中でツッコミを入れた。

 ちなみにマリーリリーとは、たくさんの花に囲まれた小さくとも美しい町である。
 結婚した男女は、共に一輪の花を育てるという風習があるらしく、聞いただけで甘々しい雰囲気が漂っている。

 そんな感じで、どうでもいい会話が進んだところで、ようやく馬車が止まった。

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