―― わずか数分の出来事であった。
エリカが相手の足を滑らせ、ルルーが戦斧でとどめを刺す。
この繰り返しをしていると、ついに周りに群がる影は消えていた。
「これで終わり…だな。」
そう呟くと、ルルーは無残に倒れている黒い影に駆け寄った。
「どうやら、狼のようですね。」
「あぁ。それが一度にこんなに増えるもんかなぁ…。」
「やはり、何かおかしいですね。」
黒い影―狼を見下ろしながら、エリカたちはその不可解な現象に頭を悩ませた。
「誰かが意図的にやっているとしか思えません。」
「あたいもそう思うよ。」
エリカの言葉に同意したルルーだったが、次の瞬間――
「エリカっ!」
ルルーがエリカを呼ぶ声と共に、キィン…!と高い金属音。
ルルーの戦斧が、相手の武器を受け止めた。
「え……?」
いきなり突き飛ばされたエリカは、冷たい雪の上に尻餅をついた。
突然の攻撃に、エリカは驚きを隠せない様子だ。
ルルーは戦斧に力を込め、相手を弾き飛ばす。
一方その相手は、ひらりと宙を舞い、きれいに着地した。
「へぇ…。さすがオルホスだね…。ボクの攻撃を受け止めたのは君で三人目だよ。」
「はっ、三人にも受け止められてんのかよ!だっせェ!」
冷や汗を流しながらルルーが笑う。
真っ黒なフードを被っているため、表情がよく見えないが、おそらく笑っていただろう。
相手は、自分の武器―太刀を光らせ、溜め息混じりに言った。
「でも、まさかオルホスが来るなんて計算外だったなぁ…。今のボクじゃ敵いっこないよ…。」
「ま、こっちはお前が来る事なんて計算済みだったぜ。」
―― 計算済み? 聞いてないぞ?
立ち上がったエリカは、ルルーの言葉に首を傾げた。
いや、そもそもこの敵は何者なんだ?
一方その敵は、太刀を巨大な鞘にしまい、呟いた。
「ふぅん…。さすがリリア…と言うべきかな。ボクの攻撃を受け止めた、記念すべき一人目……。」
その瞬間、満月が顔を出したと同時に、強い風が吹いた。
敵のフードが宙をさ迷った――
「…ッ!」
露わとなった敵の顔に、エリカは息を呑んだ。
血のように真っ赤に光る瞳が、エリカたちをとらえ、雪のように真っ白な髪は、満月の光を浴びて、金色に光っている。そして、最初からなのか、口は三日月のように吊り上がっていた。
不気味。ただ、その一言が頭を過ぎった。
「あぁあ……。そろそろ時間だね…。残念…。」
しかし、自分の顔が露わになった事を、まったく気にしていない様子で、敵は呟いた。
「ばいばい。」
ひらひらと手を振って、敵はふわりと空中へ浮いた。
「待て!」
ルルーが素早く戦斧を振るが、それはただ空気を切っただけだった。
『そういえば、紹介がまだだったね。』
敵の声が、脳に直接響いた。
『ボクは"ニコリ"。狼のシューラを操る者。リリアによろしくね?』
そう言い残すと、ニコリの姿は漆黒の闇に消えた。
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