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「…眼鏡?」
不思議そうに響いた声に、俺は最低限のデーター保護に勤しんでいた指先を止めないまま視界を動かした。
そこには、まるで未知の生物に出会ったような顔をしているバーテンが居る。
「なに?そんなに俺の眼鏡が珍しい?…って、まぁ人前じゃまず掛けないけどね」
でもさぁ、シズちゃん?
100人に聞いたら、100人中100人が千切ったドアを片手で持ち上げている君の事を未知の生き物だって言うと思うよ。確実にね。眼鏡をかけた人類なんてそれこそ五万といるけれど、来訪の度にドア千切ってくれるバーテンなんて君くらいだ。賭けたっていい。
それでも、いまだにショックが抜けないような顔をしているシズちゃんがさすがに不気味に思えてきて、俺は軽く首を傾げた。
「…何?」
「――眼鏡の方がいいんじゃねぇか?」
「は?!」
いつの間にか距離を縮めてきたシズちゃんに、顔を覗きこまれるのが心底不快だ。
「…………ったんじゃん」
「あ?」
「っ…!高校の時、コンタクト無くして眼鏡かけてた俺にシズちゃんが似合わないって言ったんじゃん!!」
それから、人前で眼鏡なんてかけるものかと決めてたのに。
コイツは、本当に何を言い出すんだ!
ああ、ダメだ。思わず感情的になってしまった。
これは事務所破壊フラグかも…!と思っていると、視界の先にシズちゃんが困ったように頭を掻くのが見えた。
「あー…。それは、あれだ……」
「なに」
思わず声が冷たくなってしまうのも仕方ない。
まぁ、元々シズちゃんに気を遣う必要なんてないけどね。
「……っ、別人みたいな気がして、あん時は嫌だったんだよ!」
そう言うとシズちゃんは乱暴にドアを投げ捨て(ちょっと、本当ゴミ扱いとかやめてくれないかな)踵を返して部屋から出て行ってしまった。
「ちょ…!シズちゃん!!」
それが真実か確かめる前に消えてしまった。
まぁ、シズちゃんは嘘なんかつけないんだろうけど。でも、そうすると俺のこの7年の地味な努力はどうしてくれるんだろう。
「ホント、ワケ分かんない…」
鏡の元まで引き寄せられるように歩みを進める。
そこには、レンズ越しのいつもより冷めた瞳と――それから、隠しようがなく赤くなった頬がある。
くそっ…!これだから、シズちゃんの相手はイヤなんだ!!
簡単に、かんたんに
(俺の事を振り回すなんて何様のつもりだい?)
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