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肺まで煙を吸い込んで、それからゆっくりと吐き出す。
単純な行為でも、幾度か繰り返すと落ち着くのだから悪くはない。

やや落ち着きを取り戻しながら、静雄はゆっくりと地面に落とした吸殻を踏みにじった。ジャリジャリと靴底がアスファルトと擦れる音すら気に食わない。

(…うぜぇ)

彼の心境は、その一言で表す事が出来た。
とっくに火が消えた煙草を今だ踏みにじる静雄の視線の先。

そこには、気が弱そうな男の腰に手を回しながらホテルに入ろうとしている黒髪の男が居た。

男の名前は、折原臨也。
静雄の記憶が正しければ、つい数日前から自分と付き合っている、世界で一番大嫌いなノミ蟲の名前だったはずだ。

何処で捕まえたのか、オドオドとする青年(いや、少年と言った方がしっくりくるのかもしれない)の耳元で何かを囁いた臨也は、瞬時に赤く染まった頬に笑顔を向けーーそれから、睨みつける視線を隠そうともしない静雄へと顔を向けた。造りだけは文句の無い顔に、性質が良いとはとても言えない種類の笑みを浮かべた臨也は、唇だけでこう囁いた。


「シズちゃんが、悪いんだからね」

仕事帰りの静雄が通りかかる事を想定していたとしか思えないタイミングの良さ。十中八九見せつける為だろう。

何を?それは勿論、彼の浮気を。
ベキリ、と音がして静雄はふと視線を足元へと運ばせた。
アスファルトがひび割れていたが、元々脆かったのだろう。どうでも良かった。今、肝心なのは目の前の馬鹿をどうするか、それだけなのだから。

「俺が、浮気を許すと思ってんのか?ああ?!」

手近にあった標識を抜き取り、砲丸投げの要領で目的の男へと投げつける。予想通りあっさりと避けた男は、蒼白な表情を浮かべガタガタと震える少年など見向きもせずに懐からナイフを取り出した。

「悪いけど、俺もこれだけは譲れないんだよねぇ。君がそのつもりなら、こっちも実力行使させてもらうよ」

「ああ?!元々はテメェが浮気してるからじゃねーか!」

「はぁ?何言ってんのシズちゃん。別に好きでもなんとも無い相手とホテル行くのの何処が浮気さ?」

ここで少年がか細い声で、ひどい…などと呟いたのだが、そんな言葉は無論二人には届いていない。

「此処はシズちゃんが自分に足りないのは何かって気付くシーンじゃないか!」

ヤケになった臨也は、地面を踏みにじりながらナイフを振り回している。はっきり言ってかなり危ない人なのだが、悲しいかな、長年のいざこざを乗り越え想いが通じ合ったばかりという今の静雄にはそれが可愛らしく見えてしまうのだ。

「…足りないモノってなんだ?」

「俺にエスコートされる可愛らしさ」

「ねぇよ」

「即答?!」

これだからシズちゃんは!とぶつぶつ言う臨也を、静雄はヒョイと持ち上げる。

「で、今日の余興はしまいか?」

「…余興ってゆうか、ちょっとビックリさせようかなぁって思っただけだけど…」

「冗談でもあーゆーのはすんな。帰り待つなら、素直に俺の家で待っとけ」

「そ、れってさぁ…」

静雄に担がれながら、臨也がぼそぼそと何かを繰り返す。
新婚、だとかなんだとか聞こえたが、静雄は特に気にしない。

「大体、俺に可愛げがなくてもいーんだよ。テメェが可愛いからな」

「…ばっかじゃないの!バカバカ!シズちゃん、ほんっと馬鹿!!」

もしも、自分がこの言葉の通り馬鹿ならば、

"迎えに来た" "待ってた"
その二言が言えない臨也も、相当だと思うのだが。

静雄は口を開くよりも、視界をチラつく真っ赤な首筋にキスがしたかったので何も言いはしなかった。






迎えに来たよ、
(なんて照れくさいのです)





男前静雄と、乙女臨也を練習。