「女の子のモノだと思っていた」
ポーン…と低い音が響く。聞いただけでは俺にはどの音階かなんて分からない。
(…ヒロトには分かるのかな)
ポン、ポン、ポーン
左側から右側へと人差し指は順番に押していく。
楽器は弾くというがこれは弾くというより押すが正しいだろう。
「憧れたんだ、弾いてみたいなぁって。小さい頃から」
鍵盤を見てはいるが眺めているだけで思考は過去に飛んでいるのだろう。
どこか虚ろだ。
「でもいつも女の子達が使っていて、なんだか貸してって言うのは恥ずかしかった」
だから遠目で眺めて女の子達が楽しそうに弾くのを聞いていた。
聞いているのも楽しかったけれどやっぱり弾きたい気持ちは収まらなかった。
「その代わりというかなんというか…楽譜はよく眺めてた」
楽譜を眺めながら紙の上で指を動かす。
音が鳴らない楽器。
鼻歌だけが響くメロディーだった。
「貸してって言えばいいのに」
「そうだね、今ならそう思う。でも言えなかった。恥ずかしかったのもあるけれど…父さんが望んでなかった」
だって父さんの「ヒロト」はサッカーが得意で活発な息子なんだ。
ピアノなんて弾くような子じゃない。
「そう思うと何も出来なくなった」
「………」
ポロロロロン
鍵盤を撫でるように動かす。
綺麗な音だ。
なんのメロディーを奏でなくても一つ一つの音が綺麗でそれで十分に感じる。
「…今なら誰も止めないよ」
違う
昔だって止めなかった
「貸して」と言えば「いいよ」と言ってくれたハズだ
「ピアノがしたい」そう言えば「やればいいですよ」と言ってくれたかもしれない
もしかしたら「上手ですね」って誉めてくれたかもしれない
止めたのはヒロト自身だ
「俺指長くないから不向きなんだよね」
苦笑して言う。
それでも相変わらず指先は鍵盤から離れずポーンとまた音を鳴らす。
「触れるだけで幸せなんだ」
今はね、と笑った。
「…今度はヴァイオリンでも弾いてみたら」
すごく似合うと思うと言うと「だから指長くないんだよ」とまた笑った。




いね様より