美しい銀色に輝く、小鳥のさえずりを奏でるその楽器を風丸は女々しいと切り捨てた。男がフルートなんて。見た目に反して男らしい風丸はそう言って顔を歪めるのだ。大体音楽に詳しくもないくせにと照美は無視を決め込んでフルートを吹く。暇を持て余した風丸は腕組みをして照美の姿を眺めながら、曲名も作曲者もわからない音色に耳を傾けるのであった。
 風丸は音楽に疎い。小さいころ少しだけピアノを習っていただけで、それからはずっと陸上とサッカーに打ち込んできた。楽譜もドの音からいちいち数えなければ読めないし、クラシックなんてモーツァルトとベートベンくらいしか知らない。吹奏楽部ではドをドと言わないなんて思いもしなかった。そんな知らない音楽を、わざわざ遊びに来てやったというのに聞かされるというのが少々風丸には気に食わないのだ。当の照美は上機嫌だし、風丸はただ聞くことしかすることがなかった。
 そもそも照美は吹奏楽部ではない。列記としたサッカー部員だ。影山が去ってからの世宇子は何事もなく穏便にやっているらしいが、その世宇子で照美はサッカー部のキャプテンをしている。フルートは趣味だという。ずいぶん高貴なもんだと風丸は笑ったが、今いる照美の家からすれば別段不思議でもなんでもなくなった。ベッドに腰掛けてフルートを吹いているだけなのに、全てが見栄えして華やかなのだ。
「なあ、何だよその曲」
「知らないの、有名なのに」
 風丸が耐えかねて声をかけても、照美は少し長い休符のところで口を離して答えるという手の抜きようだった。少々短気な風丸は苛立ちを募らせる。ただそれだとただの構ってちゃんのように思えて、なんだか虚しくなって、断りもなく照美の本棚から適当に本を抜き取った。ページをぱらぱら捲っただけで、知らない単語とカタカナの羅列に嫌気がさしすぐに戻したけれど。
「…こうしてるとアンタ本当に女みたいだな」
「失敬だね」
 連符の途中で照美が曲を切った。風丸の一言が気に入らなかったのか照美はフルートを分解して片づけを始めてしまう。その繊細な容姿からは予測もつかない大雑把で大胆な手つきで楽器をしまい、その辺のクッションにうずまるようにしてベッドに雪崩れ込んだ。風丸もぼふんと勢いよくベッドに座る。ベッドのスプリングが嫌な音を立てて軋んだ。
「男のフルート吹きだっているんだ」
 その声のほとんどがクッションの綿に吸収されてしまい、はっきりとは聞こえない。ただいじけたような背中から、風丸には照美が何が言いたかったのか大体わかった。内心、この人が何をやったってそこには中性的な美しさしか残らないのにと思いつつ、風丸は無言で照美に覆いかぶさった。女よりも綺麗な金糸の髪の、女よりも甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「それでも俺は照美のフルート、好きだぜ」
 そう言って風丸は照美の右手をなぞりながら、手だけは男らしいのにと耳元で笑った。


不埒な密室
110514
Title by 蝋梅