クラリネットをこわしちゃったっていう童謡があるんだ。その歌が頭から離れない。父親から貰ったクラリネットを壊してしまったぼくがいったいどうなったのか、歌には綴られてない続きを一人で考えてみるんだ。するとどうしてだか悲しくなる。おれはね、思うんだ。ぼくは見つかったら怒られるって焦ってるけど、そんなことはないんだ。大事に使っていて壊れたなら、それは寿命だったんだよ。大事に使ってもらえたことをクラリネットも、ぼくの父親も、きっと嬉しいって思ってるんだ。だから怒ったとしてもすぐに父親はぼくの頭を笑いながら撫でるんだ。そして一緒に代わりの新しいクラリネットを探しに行くんじゃないかってね。
昔よく歌ったフレーズが頭の中で流れ出す。ドとレとミの音が出ない。握りしめていたリコーダーをそっと吹いた。低いドの音が、レの音、ミの音、一つずつ上がっていく。高いドの音が間延びして消えた。
「壊れてる」
振り上げた腕を垂直に落とす。テーブルの角とぶつかって甲高い音を奏でる、肘に衝撃。ばらばらと破片を撒き散らしてリコーダーが二つに分かれた。かけらが頬を掠める。頬が温かい。顎から床へと滴る血が不規則に音を立てる。
「どうしようかな」
何も言わない。わかってるんだ。すぐに新しいものが与えられる。大事に使うんだよなんて頭を撫でてもらうことも一緒に新しいのを買いに行くこともない。凶器のように鋭い断面からはギザギザした音しかうまれてこない。
「あと何回壊したら」
「ヒロト」
頬が温かい。流れ星みたいな白い残像に頬をはたかれた。艶々のリコーダーを片手に震わせながら玲名がとても目をつり上げて「ばか」とても大きな声で言った。じんと痛みにしみて涙が湧いてくる。
「ものは大事にしなさいって言われただろう。この馬鹿」
「うん」
ごめん。素直に謝るとやかましかった歌が止んだ。涙はすぐに引っ込んで、それから玲名の言葉だけがくすぐったく耳に残る。なんだか無性に愉快な気分だ。
「謝る相手が違う」
笑い出すおれを見てまた睨みつけてくる。怒られたのに笑うなと、尖ったくちびるが文句を続ける。こみ上げてくるおかしさにとうとう腹を抱えてしゃがみこんだ。ころころと自分の笑い声が騒がしく跳ねるのが気持ちいい。握りしめたままだった無機物に笑顔でお別れを言う。
「ごめんね、おれのリコーダー」
誰かに怒られることがこんなにも嬉しいなんてね。



なら子様より