五、十、九、十、斗十為斗十、と霧野は確かめるように口ずさみながら弦を弾く。

(つまらない)

一人楽しげに演奏する霧野を見て、神童は心の隅で思った。
霧野が演奏する曲も聞いたことのないものだし(そもそも自分はクラシックしか聞いたことがない)、その口にする音階だって聞きなれないものだ。
五十、と霧野の声が耳に残ると同時に、弦の音が消えてなくなった。その声さえ耳から消えてしまった時、ようやく霧野は箏から目を離して俺を見た。

「どうだった?」

よかったよ(うそ。ほんとはよく分からない)、と本音を隠して言えば、霧野は照れ隠しのようにちょっとだけ笑った。
これ、俺の好きな曲なんだ、と霧野は言う。
(そう、俺は好きじゃない)

「調弦してよ」
「またか」
「出来ないの知ってるだろ」

仕方ないな、と立ち上がって霧野と入れ替わる。
霧野は演奏するくせに箏の調弦が出来なかった。俺は演奏できないが、とりあえず調弦することは出来る。だから霧野は箏を弾く時、俺を呼ぶ。ただ退屈に聴いているよりはよほどマシだった。
霧野が爪をはずして俺につける。
指の太さはたいして変わらないはずだけれど、ほんの少しきつい気がする。

「四と九を一音上げて…、三と八を半音下げて…」

言われたとおりに弦を弾いて、調弦する。
この爪というものに慣れなくて初めは苦戦していたが今ではだいぶ扱えるようになった(別に扱えなくてもいいが)。初めてつけた時、前後ろ逆につけて霧野に爆笑されたのは今でも忘れられない思い出だ。
調弦し終わって爪を返そうとすれば、霧野の皮がべろりと剥けていることに気づく。

「ああ…、これ。半音下げる時にさ、弦がかたくて」

白くて細い指に浮いた、醜悪なそれ。霧野の綺麗な指が台無しだ。俺は霧野のつるつるすべすべした手が好きだったのに。
(やっぱり箏は嫌いだ)

「あのさ、神童。神童は箏が嫌いみたいだけどさ、俺はピアノが嫌いだからね」

霧野の指がつい気になっていじっていたら、ふいにカミングアウトされた。
俺は神童のつるつるすべすべした手が好きだったのに、と。

「だってほら、指太くなってる」

それは遺伝だけど。

(じゃあ霧野が今までよかったよって言ってくれてたのは嘘だったのか)

明日は俺がピアノを弾く番。




五、十、九、十、斗十為斗十、と霧野は確かめるように口ずさみながら弦を弾く。

(つまらない)

一人楽しげに演奏する霧野を見て、神童は心の隅で思った。
霧野が演奏する曲も聞いたことのないものだし(そもそも自分はクラシックしか聞いたことがない)、その口にする音階だって聞きなれないものだ。
五十、と霧野の声が耳に残ると同時に、弦の音が消えてなくなった。その声さえ耳から消えてしまった時、ようやく霧野は箏から目を離して俺を見た。

「どうだった?」

よかったよ(うそ。ほんとはよく分からない)、と本音を隠して言えば、霧野は照れ隠しのようにちょっとだけ笑った。
これ、俺の好きな曲なんだ、と霧野は言う。
(そう、俺は好きじゃない)

「調弦してよ」
「またか」
「出来ないの知ってるだろ」

仕方ないな、と立ち上がって霧野と入れ替わる。
霧野は演奏するくせに箏の調弦が出来なかった。俺は演奏できないが、とりあえず調弦することは出来る。だから霧野は箏を弾く時、俺を呼ぶ。ただ退屈に聴いているよりはよほどマシだった。
霧野が爪をはずして俺につける。
指の太さはたいして変わらないはずだけれど、ほんの少しきつい気がする。

「四と九を一音上げて…、三と八を半音下げて…」

言われたとおりに弦を弾いて、調弦する。
この爪というものに慣れなくて初めは苦戦していたが今ではだいぶ扱えるようになった(別に扱えなくてもいいが)。初めてつけた時、前後ろ逆につけて霧野に爆笑されたのは今でも忘れられない思い出だ。
調弦し終わって爪を返そうとすれば、霧野の皮がべろりと剥けていることに気づく。

「ああ…、これ。半音下げる時にさ、弦がかたくて」

白くて細い指に浮いた、醜悪なそれ。霧野の綺麗な指が台無しだ。俺は霧野のつるつるすべすべした手が好きだったのに。
(やっぱり箏は嫌いだ)

「あのさ、神童。神童は箏が嫌いみたいだけどさ、俺はピアノが嫌いだからね」

霧野の指がつい気になっていじっていたら、ふいにカミングアウトされた。
俺は神童のつるつるすべすべした手が好きだったのに、と。

「だってほら、指太くなってる」

それは遺伝だけど。

(じゃあ霧野が今までよかったよって言ってくれてたのは嘘だったのか)

明日は俺がピアノを弾く番。






嘘を弾く
和樂様より