その楽器は、照美と同じくらい、ひょろりと細長かったのに、その細さからは考えられないくらいの大きな音を出した。
重厚な金属音が、反響効果のある練習室に響く。しかし、風丸にはそれが、果たしていいものなのかどうか判別できなかった。
「ねえ知ってる、」
照明に金メッキが反射して、きらきらと光る。
真っ白い雑巾に、水滴をぽたぽたと落としながら照美は独り言を言った。
「トロンボーンってね、神様の楽器なんだよ」
照美は決して、吹奏楽部に入っている訳ではない。トロンボーンはサッカーの二の次、ただの趣味なんだそうだ。そして、その練習に付き合っている風丸も、吹奏楽部に転部した訳ではない。
聞いてほしいと言われたから、ただそれだけ。
照美が偶に呟く、ツェーとかべーとかなんていう吹奏楽用語は、サッカーしかしてこなかった風丸には理解できない。照美は時として、トロンボーンについて語ってくれたが、全く興味が湧かなかった。
「……照美は神様になりたいのか?」
ふと、口が迷いなく動いた。
すると照美は、ずっと前に聞いた、マウスピースというものから口をはなし、吹きすぎてほんのりと紅に染まりかけた薄い唇を開く。
「――だって、僕はもう神様じゃないか。違うかい、風丸君」
「どうして、」
「いつもこうやって神の楽器を吹いて、ずっと神に近付いてきたんだもの。」
「神になって、当たり前。そうだろう?」
薄い金の髪を揺らし、ガラス玉のように光り、全く感情が読み取れない瞳を細めた。笑っているのか怒っているのかも判らない顔の中で、唇だけが弧を描く。
しっとりとした沈黙の中で、照美は再び雑巾に水滴を落とす。まるで涙みたいだと風丸はぼんやりと思った。神になれない照美の、葛藤の涙。
しっかり手入れの行き届いた、まろやかな金色を帯びたトロンボーンだけが、場違いにも関わらず、眩しいくらいに輝いていた。
▼碧依様より
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