「まいったなぁ・・・」 後日来る日本支部祓魔師一行の為に、茶菓子の買い出しの命を受けたのだが突然の雨。 通り雨にしては雲は分厚く色は濃い。 店の軒下で雨宿りをして晴れ間を待つが、なかなかどうして雨が止む気配はなさそうだ。 出張所までは走って帰れない距離でもないが、そうしてしまえば茶菓子は無残になるだろう。 今日の和菓子は味のみならず、見た目も繊細に美しい色とりどり。 それらは日本支部名誉騎士であるかのメフィスト・フェレスのお気に入りなのだから粗相は許されない。 まいったなぁ。ともう一度呟いたところで雨は止んだりはしない。 なまえはくたりと肩を落として曇天の空に溜息をこぼした。 「なまえ!」 不意にかけられた声。視線をそちらにやれば懐かしい顔をした男がひとり。 「柔造?どないしたん?」 「お父がなまえ傘もってってへん言うたから持ってきたで」 「助かったわ柔造。帰れへんくて難儀しとったんよ」 気にしな!と笑う柔造は団服兼法衣のままだ。 「もしかして仕事中やったん?」 「いや、終わったところや」 「ほんに悪いなぁ」 明陀は騎士団よりもさらに人員が足りていない。 京都のみならず、近畿全域に仕事で赴くこともあるのだからひとりひとりの仕事の量は多い。 休みとてあってないようなものなので、僅かばかりの休息の邪魔さえも申し訳なくなってしまう。 「ええて、俺もなまえに会いたかったし」 こうさらっと歯の浮くような台詞が言えてしまうのが柔造のすごいところだとなまえは思う。 人好きのする柔和な笑みと、穏やかな物腰は老若男女問わず好かれている。 「けど柔造、迎えに来てくれたんは嬉しいんやけどなんで傘ひとつやの」 「そんなんあいあい傘したいからに決まっとるやろ」 にこりと笑う柔造。 閉じた瞼の無邪気なこと。見えない瞳は笑っていない気がする。 まぁ、さほど強い雨ではないのだ。 なまえはやれやれと柔造の態度に慣れた様子で番傘の下に滑り込んだ。 「荷物も貸し。持ったる」 「重いえ?」 「あほ、お前より力あるわ」 容易く荷を奪ってしまった柔造は、軽いと笑って出張所までの道のりを歩き始めた。 手持ち無沙汰になってしまったなまえは、かわりに傘でも持とうと思ったが柔造の方が背が高い。 バランスを考えれば今のままが一番であるだろうしやめることにした。 「しかしほんに久しぶりやなぁなまえ」 「うん。この間まで兵庫の方に出張ってたから」 「あの任務就いてたんか!?」 「骨が折れたわ。まったく、手のかかる悪魔やって・・・」 険しくなった柔造の眉間のしわに、なまえは柔造?と声をかける。 「怪我、なかったか?」 「・・・う、ん」 いやに殊勝な様子で問いかけてくるので思わず言葉が詰まってしまった。 ならええと、安心したように笑う柔造に思い上がってしまいそうでなまえは顔を逸らす。 幼馴染のこの男は、非の打ち所のない好漢で。引く手数多のはずなのに、何故だかどうして未だに浮いた話がひとつもない。 次期当主としてそろそろ身を固めてもいい年頃だろうに、柔造は誰よりなまえに構いたがる。 「お、雨止んできたか?」 ふいに柔造が立ち止まって番傘を下げる。 空はまだ仄暗いが、雨粒は確かに止んでいた。 「ほな傘はなまえな」 「えー」 「したら手ぇ繋げるやろ?」 まったく、この男は。 なんて笑顔でなんてことを言うのだろう! なまえはあっさり柔造の大きな手に包み込まれるようにして手を取られ、二人はことさらゆっくりと歩き出す。 今までだって、わざわざなまえの歩幅に合わせていたのに。 この男は、本当に、この男は! 手を繋いで伝わる柔造の体温に体が火照る。伝わる熱は、雨上がりの湿気の所為にしては熱すぎて。 なまえはほんのりと赤らむ頬を持て余し、もう一度雨が降らないかと願ってみた。 もう一度番傘の下に隠れてしまいたい。 「せや、なまえ。おかえり」 羽毛のように、真綿のように。 柔く暖かく心まで包み込む柔造の言葉。 慣れ親しんだ、たれた目尻の優し笑顔。なまえは釣られるように微笑みを返す。 ほんの少しだけ繋いだ手を握り返した。 「・・・ただいま、柔造」 20121003 それぞれに もどかしい |