5、魔法の終わり



 それなりに高級なシティホテルの部屋に突っ込まれて、あたしは変な声を上げる。

「あの、あの、主任?ええと?」

「2週間」

「え?」

 音を立ててネクタイを外しながら、あたしを見下ろして主任が言う。真顔で、目を細めて。

「・・・2週間、こうしたくてイライラした」

 主任の背中から何かの炎が立ち上がるようだった。

 あたしはそのまま後ろへさがり、ちょうどあった大きなベッドに足が当たってその上に座る。ふかふかなベッドの上ではあたしでさえも跳ねるほどだった。

 両目を細め、目元をうっすらと赤くした主任はめちゃめちゃ色っぽかった。いやいや、だけどもちょっと待って。もしかして、縛りたがってる?

「縛るんですか?」

「うん。抵抗されたら萎えるから」

「・・・」

 あたし、抵抗したことないんだけどな。心の中で呟いて彼を見上げる。するとまたどこからか出したタオルで目隠しをされた。

 抱擁、束縛、キス。主任はいつもとは違ってちゃんとベッドの上であたしを抱く。

 ここは会社じゃないんだ。そう思ったら、なんか、嬉しかった。

 あたし、ちゃんとベッドで抱かれてるんだ、そう思ったら。

 目隠しも両手首の縛りもあるけど。でもいつもとは違う。ここはちゃんとしたホテルだし、防音管理も徹底しているはずだし、ならば、あたしもいつもとは違っていいのかも――――――――――

 そんなことを考えていたら、主任は器用で長い指をあたしの弱いところに這わした。

 思わず、声を上げる。

 指が止まった。

「・・・声」

 驚いたような武藤主任の呟き。だって。あたしは荒く呼吸を繰り返しながら、思った。

 もう桜の魔法はないんです。

 だけど、あなたが誘ってくれたんです。しかもベッドで、あたしは主任といるんです。

 だからだから――――――――――

 主任が愛撫を再開する。あたしは首筋をさらけ出して声を漏らす。見えないけど感じた。ハッキリと判った。武藤主任は、喜んでいる。

 いつもと違う場所で、いつもと同じ拘束で、でもいつもとは全然違う優しさで主任はあたしの全身を愛撫する。

 自分が出す甘くて高い声に煽られて、あたしの脳みそは溶ける。自分が何を叫んで懇願しているかなんてもう判らなかった。

 触れられる箇所から火傷をするみたいだ。こんなに熱くちゃ大変。もう、服も着れないんじゃないだろうか。

 2回ほど続けてイかされた後、ぐったりとして転がるあたしの視界が急に明るくなった。涙の滲んだ目を瞬くと、凄く近くに主任の顔が。

 目隠しを解かれたのだと判った。まだ下半身を繋げたままで、主任はあたしを覗き込み、優しく頭を撫でる。

「もう一回、言って」

「・・・・何・・・何で、す、か?」

 切れ切れに返す。彼は両目を細めて、切ない色を浮かべていた。

「俺が好きだって言った」

「――――――――」

「大好きですって、言った」

「――――――――・・・」

「もう一回、言って。俺を見ながら言って」

 ・・・・なんてことだ!!

 あたしは両手を拘束されていて、涙を拭えない。瞬きをしたら二つぶほどが頬を耳まで転げ落ちていった。

 あたしったら、やっぱり心の中のことを口に出してたのか〜・・・・。ああああ・・・。やっぱり、意識を放出したから全部言っちゃってたんだ・・・。

 主任は、それを聞きたいらしい。しかも彼の目を見て。うおおおおおお〜、無理ですそんな!今までさんざん目隠ししといてそれはないでしょ!

「いっ・・・言えません・・・」

 小さく呟くと、彼は何と腰を引き寄せて更に奥まで突っ込んだ。

「うきゃあ!?」

「言えっつーの」

 腰を掴んだままで軽く揺すられる。先端があたしの中で存在を主張していてその度に声を上げてしまった。

「ほら」

 見たこともない優しい瞳で主任はあたしを覗き込む。ああ、こんな顔、反則ですよ。鼓動が大きく鳴り響く。まさかまさか、そんな。いくらあたしでも期待してしまうじゃないですか・・・。

 だけど一方的にあたしばかり翻弄されるのが悔しくて、意識して下半身に力を入れた。途端に眉間に皺を寄せて、主任が呻く。

「・・・まったく、何てことを」

 あたしは何とか口角を持ち上げて見せた。もう、愛想笑いで乗り切れるならそうするさ、って状態だった。

「・・・お返しです」

 まだ苦しそうな顔をしたままで、主任は口元を緩ませる。

「そうくるか・・・。なら―――――――」

 その企んだ笑顔に緊張する。え?何考えてます、主任?言葉にならないままであたしが瞬きをすると同時に、何とこの上司は一瞬であたしの防御壁を破壊したのだ。

 言葉、一つで。

 優しい瞳、真面目な顔で、武藤主任が言った。

「好きだ」

 ――――――――――は?

 あたしは目を見開く。まだ瞼にひっついていた涙が邪魔で主任の顔が見えない。ちょっとどいてよ、あたし、あたしは今、多分もの凄くいいところで―――――――――

「好きだよ、白山まどかさん」

「・・・・」

「俺は君に惚れている」

「・・・・」

「こんなことしてる時になんだけど、俺と付き合ってくれないか」

 あたしは呆然としてまだ自分と繋がったままの彼を見上げていた。・・・・こんなことしてる時にって・・・本当にそうですよね。あたし、両手縛られてますけど?

 えっと、待って。でもちょっと待って。今、主任はもしかしてあたしのことが好きだって言った??

 苦しそうな、耐えている表情で、主任が呟いた。

「・・・おい、何とか言えよ。啼かせるぞコラ」

 何てこと言うのだ。

「しゅ、しゅ、主任・・・あの!」

「うん?」

「つつつつ付き合うって・・・あの、どういう・・・」

 予告なしに主任が動いた。ずんと体を打ち付けられて、あたしはまた声を上げる。一度はなりをひそめた衝動がまた体の奥底から盛り上がってくるのを感じた。

「・・・エロい顔」

 目隠しは取られているから、この顔を主任に見られているんだ、そう思い当たってあたしは恥かしさに燃える。

 激しく打ち付けて息を荒げながら主任は低く呟く。

「付き合うって―――――いうのは――――――ご飯食べたり、遊びに行ったり―――――――」

 再び嵐の中に放り込まれたあたしにはその声はもう届かない。あられもなくただ啼いて、抱きついてとろけていく。

「お互いの部屋で―――――――こんなことしたり―――――――」

 主任が汗だくの顔を歪める。あたしはそれを滲む視界の中で見ていた。もう何が何だかよく判らなかったけど、胸に溢れるこの温かい気持ちは嬉しい証拠だと思った。

 何だかやたらと心地よかった。

 温かくて柔らかい何かに全身を包まれたような気分だった。

 一緒に果てて、あたしの上に落ちてきた主任の頭を胸に抱いて手でさする。

 柔らかい黒髪に指を突っ込んでゆっくりと撫でる。

 切れ切れの呼吸の合間に、主任があたしの胸の上で聞いた。

「・・・それで、返事は?」

 自分の中に、初めてその存在を知った柔らかくて甘い感情があふれ出すのを感じた。

 あたしは微笑んで小さく呟く。

「・・・・喜んで、武藤修平、さん・・・」




 武藤主任が勝ち取ってきた膨大で巨大な契約のお陰・・・というか、そのせいで、うちの会社は本当に大変になった。

 他の皆が反対したらしいけど、主任はあれ以来あたしにも大量の仕事を振って来る。他の上司が止めるのも聞かずに仕事をあたしの机の上に積み上げて、艶然と微笑むのだ。

「やれるよな、白山?」

 そう言って。

 あたしは内心「このヤロー」と思いながら、口元を引きつらせて頷く。

「・・・はい、武藤主任」

 あたしがその仕事と格闘している間に、彼は「白山には暇を見て俺が仕事のやり方を指導したから大丈夫ですよ」などと言いやがったらしく、皆が「白山は仕事が出来ない」という素敵な思い込みを捨てるのは思いのほか早かった。

 畜生・・・・あたしは心の中で笑顔で仕事を振る上司の彼氏に呪いをかける。

 ふと窓の外を見ると、そこには既に新緑も鮮やかな桜の大木。

 薄緑が風に待ってチラチラと背を見せる。白く光ってゆらりと揺れる。ピンクから緑へ。そうしてその色は段々濃くなって、いずれは真っ赤に染まるのだ。

 春夏秋冬季節はすぎ、あたしはそれをここで眺める。いつかまた春が巡ってきたら―――――――また、魔法にかかるのだろうか。

 そのキラキラと光る緑を見てぼーっとしていたら、こら、と書類の束が頭に落ちてきた。

「いて」

 振り仰ぐと噂の主任が。

「またぼーっと窓の外見てる。さっさと仕事しろよ、残業しなくていいように」

「・・・はあい」

 あたしは仕方なくパソコンに向きなおる。

 やっぱり普通に仕事が片付けられるのをこの人に知られたのは、あたしの最大のミスだった、そう思いながら。





「夜桜酔い」終わり。

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